闘うコラム大全集

  • 2013.02.14
  • 一般公開

福島第二原発を守った本当の英雄達

『週刊新潮』 2013年2月14日号
日本ルネッサンス 第545回

 
過日、3・11の大震災と大津波にも生き残った東京電力福島第二原子力発電所(以下2F)を訪れた。2Fには1号機から4号機まで各々110万キロワット、計440万キロワット出力の原発があり、2011年3月11日当日は全てがフル稼働していた。第一原子力発電所(以下1F)では1号機から6号機の内、4~6号機は停止中で、1~3号機の総出力は202・8万キロワットだった。

万が一、2Fが1Fと同じ運命を辿っていたら、被害はもっと深刻だったはずだ。2Fを訪ねてみると、改めて沢山の驚きがあった。

まず、周知のことではあるが、どの原子炉もマグニチュード9の地震に動じなかったことだ。1Fも同様だ。日本の原発の耐震設計が如何に優れているかを示してくれた事例だが、問題は津波である。

緊急時、原発では①止める、②冷やす、③閉じ込めるを実行しなければならない。①は制御棒を挿入し、原子炉を自動停止することだ。激しい揺れが襲った直後に、全原発は正しく止まり、①はクリアした。

1Fは津波によって電源が喪失し、②が不可能となった。結果、放射能を閉じ込められず、③にも失敗した。2Fでは冷却機能を一旦破壊されながらも機能を回復し、②及び③を実行して、冷温停止を達成した。

当時の状況を増田尚宏所長が語る。

「いきなり大きな揺れがやってきて、最大の危機だと。腹を括りました」

コントロールセンターにいた所員たちは咄嗟にパネル台の手摺りにつかまり、辛うじて転倒を防いだ。これは07年の東電柏崎刈羽原子力発電所を襲った地震の教訓だという。

全電源が失われ、警報が鳴り響いた。原子炉冷却機能も停止した。一刻も早く電源を回復し原子炉を冷却しなければならない。増田氏は3月11日深夜、所員の安全を確保したうえでウォークダウンを指示した。これは、敷地内を歩いて残された機材や機能はあるのか、一体どれが使えるのか、短時間で効率的に冷却機能を回復するにはどこから復旧作業を始めるのがよいかを人間の目で調べる作業のことだ。氏が語る。

「思わず、皆が拍手」

「外は真っ暗で気温は零下です。津波警報が続いている極めて危険な中で皆、手探りでした。車や建物の残骸が散乱して足の踏み場もない状況下、建屋をまわり、原発を調べるのは本当に勇気のいることでした。皆、必死に調べてくれました」

結果、早急に必要なのは電動機、電力ケーブル、電源車、移動用変圧器などであることが判明した。増田氏は交換用電動機を東芝の三重工場から緊急調達すると決めた。空輸でなければ間に合わない。迷わず、自衛隊に依頼する手続きをとった。柏崎刈羽原発にも陸路トラックでの輸送を依頼した。原発を守り、地元と日本を守らなければならないという必死の想いで調達を達成したとき、長い12日が終わっていた。

一連の迅速な動きは、皆が一丸となって行った真っ暗闇の中のウォークダウンによる正確な状況把握がもたらした成果だった。

翌13日、破壊された電動機を交換した。高圧電源車も移動用変圧器も配備した。だが、これらの機材と冷却装置をつなぐ肝心のケーブルが全滅していた。新たに敷設するしかない。東電社員は無論のこと、関連企業の社員皆が作業に没頭した。ケーブルの束は両手に余るほど太く、肩に食い込む重さである。

「2㍍間隔でケーブルを担ぎました。無事だった廃棄物処理建屋の電源盤から出発し、1号機の原子炉建屋、タービン建屋を回り込んで海側に据えてある1号機から4号機の各々の海水熱交換器の建屋までおよそ9キロメートル分を、ほぼ1日で敷設しました。大の男たちが音を上げそうになるほどの重労働でした。ケーブルを敷設して電源が入り冷却装置が機能し始めると、思わず、皆が拍手しました。原子炉の温度が下がり始め、15日には全ての原子炉で冷温停止が達成されました」

氏は淡々と語る。しかし、間違いなくそれら全ての作業でその瞬間瞬間、現場の人々は皆、使命感に燃えていた。だからひとつの作業が完了し、ひとつの目的が達成される度、歓声と拍手が湧いたのだ。

増田氏は、原子力発電所の仕事の全てに自分たちは全力を尽してきたと思っていたが、3・11をきっかけに省みる点が多いと語る。震災後はそれらの課題を改めたとも言う。

「津波のひいた後、電源車を運ぶにもショベルカーやトラクターでまず残骸を片付けなければならない。電動機や変圧器をトラックから降ろすにはフォークリフトを操作しなければならない。けれど、東電社員はその種の免許を持っていませんから、動かせなかった。関連企業の社員にもそのような免許を持っている人は中々いない。私は焦りました。その反省に立って皆で猛勉強し、いま、東電社員が全てを動かせるようになりました。いざというとき、どんな役割でも果たせるように、自らを鍛錬し、能力を身につけておかなければならないと実感しています」

専門家から寄せられた賞讃

東電の社員たちのこうした地道な努力は、反原発、反電力会社に染まりがちな世間ではあまり知られていない。施設を巡って所長室に入ったとき、簡易ベッドが目にとまった。驚くことに3・11から1年10ヵ月、増田氏はずっとここにいるのだ。よく見るとベッドには木枠が被せられ、その上にマットが敷いてあって、変な具合だ。氏が苦笑した。

「長い間寝泊まりする内にマットがへたってしまったのです。地元の人が気の毒がって木枠を下さり、その上にマットを敷いているんです」

或る種の感動が胸に満ち、2Fに向けて世界中の専門家から寄せられた賞讃の言葉も頭に浮かんだ。

米原子力規制委員会、マクファーレン委員長は「非常に困難な状況にある中、知恵を駆使して、自らの命を顧みず安全のため、復旧のために頑張っていただいた皆様は真のヒーローだ」と語っている。また、「これほどのシビア・アクシデントの中で何日も寝る間も惜しんで社員を指揮し、関係者全員で冷温停止状態を達成されたことを誇りに思う。良い事例を示して下さったことに心から感謝したい」との言葉は米国最大の電力・原子力事業者、エクセロンのシャカラミ上級副社長のものだ。これを単に同業者ゆえの賞讃と受けとめるとしたら、あまりに心が狭いというものだろう。

東電社員や関連企業の社員の、命を懸けた献身的な闘いは1Fの事故ゆえに無視されがちだ。けれど1Fの事例と共に、2Fでの人々の努力、勇気と理知による成功談も伝えられて然るべきだ。増田氏以下、3・11の日から昼夜を分かたずこの上なく誠実に働いている人々に、私は心からの敬意と感謝を送りたいと思う。

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