闘うコラム大全集

  • 2014.11.22
  • 一般公開

貿易ルール作りで前のめり 大国の座狙う中国の野望

『週刊ダイヤモンド』 2014年11月22日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1060
 


戦略的指導者と戦略なき指導者の勝負では、必ず前者が勝つ。北京で行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)での米中首脳会談が鮮やかな事例だった。11月4日の中間選挙で共和党に惨敗したオバマ大統領は決断できない大統領としてすでに死に体だといわれる。大統領が世界観を欠落させているため米国の対外政策もことごとく、後手に回ってきた。


今回、オバマ、習近平両首脳の会談は10時間に及んだ。昨年6月、習主席がカリフォルニアを訪れ8時間、会談したのと同じように、両首脳は2人で庭を散歩し、夕食を共にし、多数の部下を従えて正式の会談を行い、国際社会に米中2カ国こそが主役だという絵柄を見せつけた。だが、一連の会談が巧まずして明らかにしたのは中国の積極攻勢と米国の受動的反応だった。


APEC首脳会議に先立って中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)を正式に設立、東南アジア諸国連合(ASEAN)全10カ国が参加した。「シルクロード経済ベルト」のための基金、4000億ドル(4兆6000億円)の創設も発表した。それ以前の7月にはブラジル、ロシア、インド、南アフリカ共和国と共に新開発銀行を設立した。


中国主導体制の確立は金融分野にとどまらない。APEC開幕直前に韓国の朴槿恵大統領と自由貿易協定(FTA)に合意、オーストラリアのアボット首相も「近日中に」中国とのFTA合意がなされると発言した。極め付きは、APEC2日目に習主席が2025年と、明確な期限を切って設立を実現したいと提唱したアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)である。米国主導の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を埋没させ、貿易をはじめとする諸国間の交流を米国や日本など西側の価値観でなく、中国の価値観を基軸に推進していこうというものだ。


中国の意図はすでに十分分かっていることだが、問題は、中国の積極攻勢に米国が対応し切れずに、後手後手の対応にとどまっていることだ。米国の側には戦略も戦術も見えない。


典型がTPPだ。国際社会はまず、人、物、金の行き来、経済や金融の営みなど経済活動全般にわたって公正で透明なルールを、諸国の全員参加で作ることを決めた。大国による勝手なルール作りや小国への不公正な圧迫、搾取は許さないという意図もある。まさにこれがTPPである。


TPPが合意され、ルールに基づいて枠組みを拡大発展させ、その延長線上にFTAAPをつくるというのが国際社会が考えた順序である。FTAAPの基本はTPPであり、TPPの合意が先でなければならないわけだ。しかし、中国は、TPPの足踏み状態を見ながらFTAAPの先行を主張する。中国の価値観に基づき、中国の影響力を背景に新たな経済交流の制度をつくりたいのだ。


米国は今年夏以降、TPP合意に向けて指導力を発揮していない。APECと同時進行で北京でTPPの会合を開きたいと要望したのは米国だった。にもかかわらず、今回も新しい提案はなかった。オバマ大統領はFTAAPに懸ける習主席の野望の意味を理解していないのではないか。


全分野で着々と足場を固める習主席に、オバマ大統領は逆に、米中関係を新しい段階に引き上げようと語った。中国の提唱する米中新型大国関係に、のめり込む姿勢を示したのだ。


中国の世界戦略に取り込まれるかのようなオバマ大統領の残り任期は2年余り、それは大国の座を中国があらゆるすべを使って手に入れようとする2年間だ。戦略思考を欠くオバマ大統領の下で米国は中国に対処できるのか。米国の揺らぎの中で、日本がこの局面を乗り切るには自主独立を強化する相当の覚悟が必要である。

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