闘うコラム大全集

  • 2015.02.05
  • 一般公開

報道精神の対極にある朝日の体質

『週刊新潮』 2015年2月5日号

日本ルネッサンス 第640号


「朝日新聞」の記者有志が『朝日新聞 日本型組織の崩壊』(文春新書)を上梓した。有志記者らは、朝日の一連の不祥事を批判した競合紙や雑誌についてこう書いている。


「朝日新聞社を内部から観察していると、『反日』『左翼』といった右派陣営からの紋切り型の批判は、まったく的外れだ」「朝日の不祥事の原因は左翼的イデオロギーのせいだ、と条件反射的に非難する右派メディアや保守系識者の論調は、まったく事実を見ていない」


そうなのか。私も含めて朝日を批判してきた言論人は「まったく事実を見ていな」かったのか。

 

有志記者はこうも書いている。


「社全体として見れば、個々の記者レベルでは、改憲や増税の必要性を認める者のほうが、もはや多数派である」

 

私は思わず余白に書き込んだ。「それなら社説、天声人語を含めて紙面を変えて見せてよ」。

 

朝日記者の多数が憲法改正の必要性を認めているのであれば、今の朝日の紙面は一体どういうことか。考えとは反対の左翼的な論を張り、それを読まされる側が「朝日は左翼的だ」というのを保守の無理解と責めることに何の意味があるのか。批判する前に、まず朝日は自ら紙面を変えてみせよ。

 

このように本書は或る意味刺激的である。吉田調書の誤報及び吉田清治氏の慰安婦虚偽証言など、朝日が長年、問題報道を重ねてきたことについて、幾年もの間、朝日の社風の中ですごし、朝日の人事の洗礼を受け、朝日という企業の裏も表も知り尽くした数人の記者が物したのが本書である。

 

手練の記者の文章は読み易く、豊富な具体例が朝日の人間模様を見せてくれる。面白いが、興醒めでもある。「なんだ、批判している貴方も朝日の記者じゃないの」。そう感じる部分があったことは否めない。それでも、幾つか、朝日新聞への理解という点で非常に参考になった。


訂正よりも出世

 

世紀の誤報とまで批判される一連の不祥事を正すために、慰安婦報道の検証には「第三者委員会」が、吉田調書報道では「報道と人権委員会」が、これらの2つの委員会の調査を受けて、朝日新聞立て直しのために「信頼回復と再生のための委員会」が設置されたが、この種の検証さえ権力争いに利用されていると有志記者は書く。

 

不祥事や誤報が発覚しても、朝日は訂正したがらない。訂正記事を出せば、記者及びその上司の後のキャリア、人事と給料に直接影響してくる。そのため、両者一体となって訂正回避に力を尽す、その典型が慰安婦報道だそうだ。

 

97年3月31日の紙面で朝日は、吉田証言の真偽は「確認できない」と報じた。少なくともあの時点で訂正し、謝罪出来ていれば、今日の朝日への信頼失墜は避け得たかもしれない。しかし、朝日は吉田氏の嘘を「確認できない」で済ませようとした。その心は、「これで『訂正』は回避できた、一件落着、というのが当時の関係者の暗黙の了解だった」と書いている。事実の報道や、虚偽報道の訂正よりも、出世のほうが大事だったのだ。

 

慰安婦報道に関して衝撃的な内部事情も描かれている。138頁、「取材班の目的は・攻め・」の部分だ。昨年8月5、6日の慰安婦報道の検証記事の当初の目的は吉田証言の信憑性を問うものではなく、「あくまで従軍慰安婦の『強制性』を検証し、『これまでの朝日の報道が間違っていなかった』ことを証明するため」だったという。

 

2012年12月の衆議院議員選挙を前に、日本記者クラブ主催の党首討論会で、当時まだ野党だった自民党総裁、安倍晋三氏が「朝日新聞の誤報による吉田清治という詐欺師のような男がつくった本が、まるで事実かのように」伝わっていったと、朝日を名指しで批判した。その安倍氏が首相に返り咲き、河野談話の検証が始まった。朝日はこれを朝日包囲網ととらえ、批判を座視できず正当性を示す必要が出てきた結果、「慰安婦問題取材班」が生まれたという。

 

驚くべき反省のなさである。道理で慰安婦報道に関して、なんの謝罪もなかったわけだ。慰安婦報道見直しのきっかけが、朝日の報道の正しさを証明して安倍政権に立ち向かうことだったという朝日流の考え方を、私たちは心に刻み込んでおきたいものだ。

 

本書で慰安婦問題を扱った第3章を執筆したのは辰濃哲郎氏で、執筆者中唯一人、「かつて一緒に仕事をした仲間を匿名で切り捨てることに、どうにも心の置きどころが安定しない」として実名を明かした。


23年後に告白

 

92年1月11日の朝刊1面トップの記事、「慰安所 軍関与示す資料」は氏が書いた。その報道に内閣外政審議室は「蜂の巣をつついたような騒ぎ」になり、動揺した宮澤喜一首相は、1月16日の訪韓で韓国側に8回も謝罪の言葉を繰り返した。

 

このように日本政府を追いつめた記事について、辰濃氏は書いている――「ただし、この記事には決定的な誤りがある」。

 

記事の下につけた解説には、「慰安婦の約8割が朝鮮人女性」「朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20万ともいわれる」などと書かれている。史実を見れば、慰安婦の8割が朝鮮人女性という点も、挺身隊=慰安婦という点も、8万人或いは20万人という数字も、全て誤りだ。

 

辰濃氏は「この点については謝罪させていただきたい」と書いた。日本軍が慰安所設置に関与したのは、悪徳業者を取り締まるなどの目的だった。そのことを解説せず、強制連行、挺身隊、20万人などという偽りの解説と共に紙面を構成したことがどれ程の悪印象を形成したか、朝日の慰安婦報道が日本全体をどのような不名誉の淵に突き落としたか、その負の影響を殆ど実感していないかのような書き振りで、23年後に告白されても困るのだ。

 

吉田調書の報道でも、朝日人の気質を表わす、これまた仰天話が出てくる。所長命令に違反して東電社員や作業員の9割が逃げたとの報道は、調書さえ入手して読めば、偽りだとすぐにわかる。にも拘らず、なぜ朝日はこんな記事を書いたのか。「これが他の新聞や雑誌がいくら考えてもわからない『謎』だった」と有志記者は書いたが、そのとおりだ。そして、こう説明した。


「この謎の回答は、極めてシンプルなものだった。彼らはそもそも、調書の一部を、自分たちの描くストーリーにあわせて恣意的に切り取ったつもりなどサラサラなかったのだ。要するに、彼らは『意図的に記事を加工した』という自覚さえ持っていなかった」

 

これが朝日だ。本書で朝日と朝日記者をよりよく知ってほしい。

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