闘うコラム大全集

  • 2015.03.19
  • 一般公開

米国の東アジア外交に転換の兆し

『週刊新潮』 2015年3月19日号

日本ルネッサンス 第647回


2月27日に米国務次官(政治担当)のウェンディ・シャーマン氏がカーネギー国際平和財団で行った講演に、韓国最大手の『朝鮮日報』をはじめ、韓国外務省までが激しく反発した。


シャーマン氏は3月中に日中韓3か国の外相会談が開かれ、「首脳会談につながることが期待されている」としたうえで、尖閣諸島海域での日中間の緊張の高まりや、「第二次大戦のいわゆる慰安婦」などの歴史問題に関して次のように語った。


「ナショナリスト的な感覚で敵をけなすことは、国の指導者にとって安っぽい称賛を浴びる容易な方法だが、それは感覚がまひするだけで、進歩は生まない」


この件りに韓国側が激しく反発し、大手紙の『中央日報』政治部長の朴スンヒ氏は次のように書いた。


「韓日の歴史葛藤を夫婦や子どもの間の争いに使う『口論(quarrel)』と表現し」た。「日本軍慰安婦問題を取り上げながら『いわゆる慰安婦(so called comfort women)』という表現を使」った。


発言を確認するために英文のテキストと映像を何度も見たと、朴氏は書いているが、その映像は私も確かめた。シャーマン氏は原稿に目を落として読んでいた。つまり、彼女の言葉は米国務省が練り上げた、外交的に目配りしたものだということだ。その中で、「いわゆる慰安婦」という表現が使われたのである。


国家基本問題研究所副理事長、田久保忠衛氏もこの表現に注目する。


「慰安婦でもなく、強制でもなく、『いわゆる慰安婦』とシャーマン次官は語っています。明らかに歴史問題について、議論の余地なく決めつけるというこれまでの表現とは異なるのではないでしょうか。アメリカの東アジア外交に微妙な変化が生じつつある可能性を示しています」

 

但し、結論を急ぐことは控えたい。シャーマン氏は右の発言のひと月前にソウルで、戦後70年の首相談話について次のようにも語っている。


「我々は河野、村山談話は重要だと信じており、(安倍首相の談話には)それらが残るだろう(will stand)と期待している」


シャーマン発言の影


右の発言は、私をはじめ少なからぬ日本人にとっては受け入れ難い。韓国風の表現をすれば「このまま放置はできない」(『朝鮮日報』社説、3月3日)ということになるのであろうか。だが、氏の言葉のひとつを取り上げてどちらの国寄りだと騒ぐことに、どれ程の意味があるのか。事の本質は歴史観と、歴史の実相をどこまで知っているかの相違である。


外交を動かすのは国益だ。東アジアにおけるアメリカの国益を基軸にシャーマン発言はなされたのであり、それを受けとめる側も、各々の国益について冷静に考えるのがよいのである。


日本も韓国も、慰安婦をはじめとする歴史問題に関しては神経が研ぎ澄まされている。それでも、国家も民間人も、日本側の表現は韓国や中国よりはずっと控え目である。過剰な反応の中で、『中央日報』の朴政治部長はシャーマン発言を、朴槿恵政権発足以来、韓国が中国に接近しすぎていることに対するアメリカ政府の警戒心の表れだと分析した。恐らくそのとおりであろう。


朴政治部長は、米国が提案した高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備を韓国が中国を気にして渋っている事実をあげ、韓国政府とは異なり「口の中の舌のように」振る舞う日本(主要紙がこんな表現で日本を貶めるために、世論も記者自身も感情に流されて全体像が見えなくなるのだ)に、アメリカが味方をした、その結果、韓中をひと括りにして日本と対比したのだとしている。


シャーマン発言への韓国の不満が渦巻く3月5日、駐韓大使マーク・リッパート氏が暴漢に襲われた。80針も縫う傷を負いながら、「私は大丈夫だ」と笑ってみせた大使の「個人技」で事態は収拾に向かっていることを喜びつつ、朴部長は、米国の対韓外交に落としたシャーマン発言の影の深刻さを韓国の危機ととらえ、警告を発したのである。


米国務省のこれまでの東アジア関連のコメントを見れば、米国が韓中接近を快く思わず、中国への警戒心を強めているのは明らかだ。韓国の知識人こそ、ここで自問すべきであろう。韓中接近は、韓国に幸福と安寧をもたらすのかと。


両国は政治体制も価値観も全く異なる。言論の自由もない中国に近づいて、もっと自由をなくすのか。北朝鮮と中国の脅威に、日米韓の協力体制で立ち向かうのが、韓国にとっての王道であろうに、韓国が中国に取り込まれることは、日本や東南アジアを含む近隣諸国にとっても少しもよいことはない。


中国はおよそどの隣国とも国境問題を抱えている。海でも空でも、国際法の中国式解釈を力で強要する。中国の侵略行為に、まともな国なら異議を唱えるのは当然だ。目に余る南シナ海の実情について、東アジア・太平洋担当の米国務次官補、ダニエル・ラッセル氏が1月24日、クアラルンプールで次のように語った。


率直な中国批判


「我々が強く明確に打ち出しているのは、諸国は国際社会の原則、国際法、国際社会で受容されている基準を守るべきだということだ」

「如何なる意味でも、大きな国が小さな国を脅すことに反対する」

「関係諸国は、南シナ海の現状の一方的変更、近隣国への脅し、地域の不安定化をもたらすことのないように自制してほしい」


昨年11月、北京で安倍晋三首相と習近平主席は4点の合意を発表し、その中で東シナ海については「対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐ」などと定めた。この点に関しても、ラッセル次官補は1月26日、バンコクで述べた。


「(合意にも拘らず)中国公船が、これまでも、現在も、日本の施政権下にある領域に押し入るなど、中国の行動や活動のよい方向への変化は見られない」

「アジア太平洋地域の繁栄は、安定と法の支配の厳守から生まれる」

「諸国は国際法を尊重し、近隣国の権利を尊重すべきだ」


これ以上ない程率直な中国批判である。


この論戦に中国も3月3日、参戦した。中国国際問題研究院国際戦略研究所副所長の蘇暁暉氏が、シャーマン発言を批判したのだ。安倍首相を「歴史修正主義」者と断じ、歴史問題の解決は「日本が心の魔に打ち勝」てるか次第だとしている。


歴史修正主義なのは中国であり韓国だが、無論両国は認めない。日本は揺らがずに歴史の事実を発信し続け、戦後70年間、国際社会に貢献してきたように、どの国にとっても中国よりも日本との協調が幸福と国益につながることを実証していけばよいのだ。

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