闘うコラム大全集

  • 2015.05.14
  • 一般公開

欺瞞に満ちた「原発再稼働」差し止め 

『週刊新潮』 2015年5月7・14日合併号

日本ルネッサンス 第654号


4月24日、インターネット配信の「言論テレビ」で、原子力が専門の北海道大学教授・奈良林直氏と法律が専門の名古屋大学名誉教授・森嶌昭夫氏をゲストに、福井地方裁判所の「決定」(判決)の疑問点を検証した。

 

福井地裁の樋口英明裁判長は、4月14日、関西電力の高浜原発3号機及び4号機(福井県)について「運転してはならない」とする仮処分を言い渡し、原子力規制委員会が原発の安全を担保すべく定めた新規制基準を「緩やかにすぎ、これに適合しても原発の安全性は確保されていない」「合理性を欠く」と非難した。裁判官が自分の専門分野ではない科学の領域に踏み入って、原発の安全性について独自の判断を下したわけだ。そのうえで、原発再稼働を許せば人格権が侵害されると断じた。


非常にわかりにくく、納得もし難い判決だが、奈良林氏が技術論の立場から指摘した。


「樋口裁判長は、基準地震動が700ガル未満であっても、外部電源が断たれ、主給水ポンプが破損し、炉心が損傷される危険があると断じています。

 

主給水ポンプというのは、高浜原発のタイプの加圧水型原子炉に使われている発電用のポンプです。タービンを回して発電しますから、大量の水を送り込みます。他方、事故が起きたときは、原子炉を冷やすために別の給水ポンプで水を注入します。

 

我々はこれを補助給水ポンプと呼んでいますが、事故発生時は主給水ポンプではなく、補助給水ポンプの方が主になります。樋口氏は恐らく、それを知らないのではないでしょうか。原子炉の仕組みを殆ど理解していないと思います」

 

樋口判決はまた、「免震重要棟の設置が必要」だとして、「免震重要棟の猶予期間を設けている点では合理性を欠く」と指摘している。


人格権の定義がない

 

判決文のこの部分を読めば、一般の人々はそのとおりだと思いかねない。なぜなら、東京電力福島第一原発では、故・吉田昌郎所長が免震重要棟で頑張り抜いたことを私たちは知っており、事故に際して、免震重要棟が如何に死活的に重要な役割を果たすかについても実感できるからだ。もし高浜原発に免震重要棟が設置されていないのであれば、再稼働して大丈夫かと誰しも疑問に思うだろう。だが、奈良林氏は、樋口氏はここでも間違っていると指摘する。


「高浜原発にはすでに緊急時対策所が設置されています。ここで緊急対応は出来るのです。また免震重要棟については猶予期間などは設けられていません。猶予期間が設けられているのはテロ対策についてだけです。樋口さんはテロ対策と免震重要棟をとり違えています」

 

次の間違いは、全電源を喪失した場合、たった5時間で炉心の損傷が起き始めるとの指摘だ。これも全く事実と異なる、と奈良林氏。高浜原発では、純水6000トンを有する2次系タンクに加えて、淡水6000トンのタンク4基を緊急時用に備えている。これだけで、外部からの支援なしに18日~19日間は給水を続け、炉心を冷却することが可能だという。

 

樋口判決のもうひとつの重大な事実誤認は、使用済み燃料プールの給水設備を最高の耐震強度をもつSクラスにすべきであるとして、高浜原発はその基準に達していないと断じたことだ。だが、右の施設はすでにSクラスの強度で作られていると、奈良林氏は指摘する。

 

なぜこのような間違いだらけの判決文を樋口氏は書いたのか。氏は福井地裁から名古屋家庭裁判所への異動が決まっていた。異動前に審理を打ち切り、自身が判決を書くことに執念を燃やしたのではないか。そのために、関西電力が申請した専門家の意見も聞かずに審理を切り上げて言い渡したのが今回の仮処分なのではないか。事実誤認はこの独善的姿勢から生まれたと言って間違いないだろう。樋口判決には法律上も非常におかしな面がある。森嶌氏が指摘した。


「仮処分命令は、本来の請求(本案)について審議をしている間に、『著しい損害』または『急迫の危険』が生じて人格権の侵害が起きるのを避けるためのものです。

 

しかし、樋口氏は高浜原発再稼働による重大事故の発生が『急迫の危険』かどうかについて何も述べていません。仮処分命令を出す条件として『急迫の危険』、『急迫の事情があるときに限る』とした民事保全法23条2項及び15条を無視しています」

 

樋口氏は「具体的危険がある」と書いているが、その内容が何であるかは述べておらず、説得力はない。


中国には一言も…

 

氏はまた「人格権の侵害」を再稼働阻止の理由としてあげているのだが、人格権の定義がないために、この言葉も非常にわかりにくい。森嶌氏の解説である。


「昨年5月、樋口氏は大飯原発の運転差し止めの決定を出していますが、その際にも人格権を用いたのです。氏は、わが国の憲法でも法律上でも人格権が最高の価値とされ、これを超える価値は見出せていないとする立場です。従って、最高の価値である人格権が侵害される恐れがあるときは、差し止めによって大きな不利益が生じようとも、差し止めをすることができると言うわけです」

 

人格権には、名誉、プライバシー、生きる権利などあらゆるものが含まれている。その中のどれが、高浜原発再稼働によって侵害されるのかを明らかにすることもなく、人格権侵害を理由として再稼働差し止めの仮処分を出したのだ。

 

ここで樋口氏が要求しているのは、ゼロリスク、絶対安全である。だが、そんなものはあり得ない。科学も技術も安全性を高めはするが、絶対安全は担保し得ない。森嶌氏が語った。


「人格権の侵害、つまり少しでも危険が生じる可能性があるとき、絶対安全を求めて原発の稼働を許さないのであれば、墜落する可能性のある飛行機は飛んではならず、事故を起こす可能性のある自動車は運転してはならないことになります。司法に期待されるのは極論に傾くことではなく、最高水準の安全を求めながらも、どこに合理的な着地点を見つけるかということです。我々はそれを『許されたる危険』と呼んでいます。許されたる危険のラインを総合的に判断するのが司法の役割です」

 

奈良林氏も語った。


「人格権と言えば、原発が全て止まって一番困っているのは中小零細企業です。原発が稼働していないために夜間の値引き幅も圧縮され、企業の電気料金負担は3・11以前と較べて3割増では済みません。彼らの人格権こそ侵害されています」

 

不思議なのは、日本の反原発勢力は、やがて3桁の数の原発を造ろうとしている中国には一言も言わないことだ。これこそおかしいと私は思う。

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