闘うコラム大全集

  • 2015.05.30
  • 一般公開

憲法九条の下で無力な国にとどめたい理屈抜きの反日論説に惑わされるな

『週刊ダイヤモンド』 2015年5月30日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1085 


安倍晋三首相が4月末に行った米国上下両院合同会議での演説がどのような反応を引き起こしているか、米国の対日政策を調べている中で、ブルームバーグのジェームス・ギブニー氏の記事に行き当たった。「あしき安倍外交の責任はジョージ・ケナンにあり」という見出しである。

 

ケナンは米国を代表する戦略家である。第二次世界大戦後、米国国務省に「政策企画室」を設置し、大戦後の米国外交の理論的基礎を築いたのがケナンだ。1947年に提唱した氏のあまりにも有名な「ソ連封じ込め」戦略をはじめ、ケナンの示した外交政策は国際政治のいわば中心軸となった。

 

日本は大東亜戦争に敗れ、米国に占領された。ニューディール派と呼ばれる極めてリベラルな左翼的勢力が戦前の日本の体制を次々と打破する中で、ケナンはその種の政策を突き進めていけば、日本を社会主義陣営の一員にしてしまうとして、懸念を抱いた。

 

マッカーサーの下で連合国軍総司令部(GHQ)の民政局次長のケーディスらが、まるで日本は日本であってはならないとでもいうかのように日本社会を根本から変えようとする政策を取り続けるのに対して、ケナンをはじめとする人々、例えばGHQの参謀第二部長を務めたウィロビー将軍らは反対の立場に立ったわけだ。

 

将軍はその回顧録の冒頭で「米日は戦うべきではなかった。日本は米軍にとっての本当の敵ではなかった。米国は日本にとっての本当の敵ではなかったはずだ」と書き残している。

 

日本を完全に無力化するという憎しみの政策とでもいいたくなるようなGHQの過酷な対日政策は、初めの二年半を過ぎるころから変化し始め、日本に自立を促す路線へと移っていった。

 

私から見れば、その時期は遅過ぎたのである。それまでにすでに現行憲法が与えられてしまった。ケナンらがもっと早く警告をしていれば、戦後の憲法も日本国もよりまともな形を備えていたのではないかと惜しむものだ。

 

しかし、ギブニー氏は全く逆の見方をする。氏の主張を見ることで、私たちは戦後すぐ、GHQが日本に関して抱いていた日本のあるべき形を知ることができる。ギブニー氏は書いている。


「マッカーサーは、大得意の大言壮語、『太平洋のスイス』という触れ込みで、日本を憲法九条の下で正式に平和主義(パシフィズム)にコミットさせた」「ケナンは、しかし、マッカーサーの政策を戦略的大失策と捉えた。中国(国共)内戦、欧州の疲弊と分断、冷戦の始まりの中で、ケナンは日本を太平洋の安全保障戦略の要石とすることが必要だと判断した」

 

ただ一点を除いてここまでは大筋で正しいといえる。ギブニー氏が間違っているのは、中立を守り続けていたスイスと現行憲法を与えられた日本の相違である。スイスは男女を問わず、国民は徴兵の義務を負う。60歳を超えると、毎年、年代層に応じて数日間の軍事訓練を受ける義務も負う。有事の際には国民全員が武器を持って戦うとされている。それでも敗れた場合、スイス国民は国の主要な施設を焼き払い、敵に渡さないようにすることを求められている。日本は単なる非武装にされた。戦うことを禁じられた。この大きな差に、ギブニー氏は目を向けず、マッカーサーの与えた「武力保持を許されない日本」が最善だと言っているのである。

 

ケナンによって救われたのが安倍首相の祖父、岸信介だとして、ギブニー氏は「岸は頭脳明晰だが破廉恥」な人物という、反日の作家ジョン・ダワー氏の言葉を引用する。

 

いまだに、日本を憲法9条の下で無力な国にとどめたいとする民政局の価値観を受け継ぐ人々が存在することに、あらためて気付かされた。このような人々の理屈抜きの反日論説に惑わされてはならないと思う。

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