闘うコラム大全集

  • 2015.07.16
  • 一般公開

中国がこの1年、東シナ海に猛烈攻勢

『週刊新潮』 2015年7月16日号

日本ルネッサンス 第663回


今年4月10日、『ニューヨーク・タイムズ』が1面トップで、南シナ海の南沙諸島でミスチーフ環礁を埋め立てる中国船の映像を報じた。5月20日には米国防総省が対潜哨戒機P8にCNN取材陣を同乗させて同海域上空を飛び、全世界に映像を公開した。中国の侵略行動に国際社会の抗議を促した瞬間である。情報の共有が世界の世論を動かしたことを示す事例でもある。

 

ところが、わが国眼前の東シナ海でもほぼ同様の侵略的行為が進行していたことが判明した。中国が日中中間線に沿ってガス田開発とプラットホーム建設を急拡大中なのだ。平成10(1998)年11月時点で、中国は白樺(中国名・春暁)、樫(天外天)、平湖、八角亭の4か所でガス田を開発、プラットホームを完成させ、掘削装置を建てていた。それが昨年6月までの16年間で6か所に増え、さらにこの1年間で12か所に急増した。

 

中間線に非常に近い場所に「黄岩14の1」が建設され、「平湖」南東方向に「黄岩1の1」、その真東のこれまた中間線近くに「黄岩2の2」、平湖南西に「紹興36の5」、八角亭北東に「団結亭」と「宝雲亭」のプラットホームが堂々と造られ、建設途中の別のケースはあと4か所ある。

 

完成した施設には、作業員の宿舎らしい3階建ての建物や、精製工場、ヘリポートもある。天に高く突き出す掘削装置も見てとれる。

 

南シナ海では、中国は国際社会の強い非難を物ともせずに、埋め立てを急いだ。オバマ大統領に介入の意思はない今が好機と見たからであろう。では、東シナ海の中間線のごく近くにプラットホームを集中的に完成させた理由はなにか。日本政府は反応しないと踏んだからか。

 

日中両国は、東シナ海のガス田開発を巡って長年争ってきた。日本は東シナ海の境界は両国の中間線を、中国は沖縄諸島近くの沖縄トラフまでを中国の領土と主張した。共同開発をするなら、その海域は中間線から日本側の排他的経済水域(EEZ)内に限り、中間線以西の中国側EEZでの開発は中国単独だと主張した。中国が東シナ海のほぼ全域の領有を主張したのに対し、日本は中間線までしか主張しておらず、両国が領有権を争うのは中間線から日本側のEEZだけだという理屈だ。


対日前線基地

 

当時(平成17年)、経済産業大臣は中川昭一氏だった。氏は中国側の主張に憤慨し、それまで手をつけていなかった日本側EEZで中間線近くまでの海底資源調査を断行し、樫と白樺が、また、その他に中国が計画していた翌檜(龍井)も楠(断橋)も、海底で日本側につながっていたことを突きとめた。今回中国が新たに開発した、あるいは稼働中のガス田は、いずれも同じ海域にある。わが国の貴重な資源が奪われている可能性は極めて高い。

 

中川氏の話に戻ると、氏は同年7月14日、帝国石油に試掘権を認めた。ところが、その後の内閣改造で二階俊博氏が経産大臣に就任、氏は「私は試掘の道はとらない」と述べ、試掘は止められた。以来、日本のガス田開発の動きは止まったままだ。

 

今回わかったことは、この間にも中国がガスを取り続けたこと、とりわけこの1年、猛然と開発を加速させたことだ。

 

中国の開発が中間線からわずかばかり中国側に入った海域で行われていることをもって、日本側は問題提起出来ないとする声が関係省庁にある。そのような考えが、中国の事実上の侵略に目をつぶり、日本の国益を蝕む。いまはまず、中国の闇雲な開発の真の意図を突きとめることだ。ガス田の開発が目的ならば、それが日本側EEZにも広がっていることを指摘し、強く抗議せよ。

 

中国の急激な動きについては、経済的側面に加えて軍事的意味も懸念される。プラットホームは、南シナ海の人工島同様、軍事転用が可能だと、専門家は指摘する。2年前には中国軍のヘリコプターがプラットホームから離着陸した。無人機の使用に極めて熱心なのが中国だ。一群のプラットホームは、無人機や回転翼機の対日前線基地としては理想的な位置にある。

 

一群の施設は、中間線のほぼ真上、北緯29度東経125度の交点を中心にした60キロの円の中にきれいにおさまる。この中心部にレーダー等を設置すれば、500キロ圏内のあらゆる通信波を拾い、沖縄、南西諸島全域の自衛隊と米軍の動きが把握可能だ。現在中国沿岸部に設置されているレーダー等では、尖閣諸島周辺までの情報収集が精一杯で、東シナ海における警戒監視も情報収集も十分にはできない。だが、中間線付近にレーダー等を設置すれば、中国の対日情報収集能力は格段に高まる。

 

構造物の海面下に水中音波探知機を取り付ければ、潜水艦の動きも探知可能だ。


蛮行への抑止力

 

折しも米国統合参謀本部は、7月1日に「国家軍事戦略」を公表した。中国、ロシア、イラン、北朝鮮の4か国を「潜在的な敵性国家」とし、国際条約や国際法を覆す「リビジョニスト国家」と呼んだ。アメリカが初めて、中国を敵性国家としてロシアやイランなどと同類に位置付けたのだ。中国の拡張主義はそれだけ国際社会の軋轢と緊張を高めている。

 

にも拘らず、資源獲得にも軍事情報獲得にも使える一群の施設が中間線のごく近くに、日本国民がほとんど知らない間に建てられてしまった。こんなことを許してよいのか。国家安全保障会議(NSC)には情報があるはずだ。なぜ公表しないのか。日本にとって深刻な問題ではないのか。

 

中国は6月30日に、南シナ海での埋め立て完了を発表したが、人工島を起点として、彼らが新たな領土、領海、主権を主張するのは、ほぼ間違いない。東シナ海は、元々中国がそのほぼ全域を自国領だと主張しているのである。南シナ海同様の主権の主張は、東シナ海でも必ずなされるだろう。

 

中国は、19世紀型の帝国主義の時代に逆戻りしつつある。力に任せて、奪いたいものを全て奪うつもりであろう。そのような事態に対処出来るように、わが国はNSCを作ったはずだ。中国の蛮行に抑止力を働かせるために、安倍晋三首相は地球儀を俯瞰した外交を展開しているのではないのか。

 

わが国が安全保障上の後ろ盾としてきた米国が、オバマ大統領の下で覇気を失いつつある今、わが国は自力を強めて国益を守らなければならなくなっている。国民全員が問題意識を共有し、集団的自衛権及び平和安全法制の論議を一日も早く進めるためにも、眼前の危機の情報を国民が共有することが欠かせない。中国の蛮行の実態を知らずして、中国の脅威から東シナ海のガス田を守るなど出来ようはずはない。

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