闘うコラム大全集

  • 2015.08.20
  • 一般公開

戦後70年、中国の大戦略に備えよ

『週刊新潮』 2015年8月13・20日合併号

日本ルネッサンス 第667回


中国研究を専門とするペンシルバニア大学教授のアーサー・ウォルドロン氏は、いま日本人は13世紀の元寇以来、最も深刻な危機に直面していると警告する。蒙古と高麗軍が壱岐・対馬を占領した当時、日本人は危機を実感した。だがいま、中国が日本を遠くから包囲し、包囲網をじわじわと狭めていることに多くの日本人が気づいていないというのだ。


「気づいた時は既に遅く、日本は身動きできなくなっている危険が大きい」と、ウォルドロン氏。

 

中国の日本への挑戦は歴史の捏造から領土・領海侵犯まで幅広い。これらを個々の問題としてではなく、一体化してとらえ、日本への挑戦を中国の世界戦略の中に位置づけて考えなければ、中国の意図は掴めない。

 

しかし全体像を見渡せば、中国の意図は明白である。東シナ海と南シナ海で支配権を確立し、日米両国に中国の支配を受け入れざるを得ないと納得させることを目指している。

 

2008年のガス田の日中共同開発合意を無視して、中国が東シナ海に新たに建造した12基もの海洋プラットホームも彼らの戦略の全体像に立って見れば、開発の動機が経済のためだけではないことが見てとれる。

 

国家基本問題研究所副理事長、田久保忠衛氏は、これら海洋構築物が軍事転用されれば日本にとってのキューバ危機になると警告する。しかし、重大な意味を持つ中国の海洋開発を日本政府は国民に知らせずにきた。日本の安全保障政策を担う国家安全保障会議(NSC)局長の谷内正太郎氏の訪中後に、政府は初めて発表したが、政府の反応は総じて鈍い。

 

中国側が全プラットホームを日中中間線の中国側に建てたことを以て、「法的には抗議しにくい」という。建造物が天然ガス採掘用のプラットホームであるために議論は経済的要因の分析にとどまり、中国の軍事戦略に結びつける議論は少ない。いわんやその本質をキューバ危機の再来と受けとめる危機感はどこにも見当たらない。


空白圏を埋める

 

だが、これこそ平和ボケではないか。まず、ガス田開発の経済的側面を見てみよう。中国はエネルギー調達先の多様化において、日本に先行する。結果、東シナ海のガス田をはじめ、海洋由来のエネルギーが中国のエネルギー供給量全体に占める割合は決して大きくない。10年実績で中国の海洋由来の石油・ガス生産量は約6500万トン、中国の総消費量約6・8億トンの9・5%である。ガス単独で見れば、12年実績で中国はLNG(液化天然ガス)3040万トンを11か国から輸入、内52%がトルクメニスタンからだ。カザフスタンを経由するパイプラインで送られるトルクメニスタンのガスは他に買い手が存在しないために、完全な中国の買い手市場である。

 

中露間にも同様の中国優位の契約が結ばれた。ロシアのガスはモンゴルを迂回してパイプラインで沿海部に運ばれる見通しだ。ロシアが大幅に譲歩を迫られた同案件は、エネルギー需要が伸びる中で中国が安定した安価なガス輸入の枠組みを作り上げたことを示している。

 

従って中国の海洋進出に関してエネルギー確保の可能性は否定できないが、真の動機には、むしろ軍事的側面があると考えなければならない。南シナ海、東シナ海と共に、第一列島線を出た太平洋での中国の動き、たとえば沖ノ鳥島を島と認めず、同島周辺の日本の排他的経済水域(EEZ)を認めない中国の意図を、一体のものとして考え、彼らの目的を探り出さなければならない。

 

右のいずれの海域にも共通しているのが、中国は空域を管制する能力を持っていない点だ。そしていま中国が進めているのが、その支配圏の空白域を埋める作業なのである。

 

東シナ海のプラットホームの軍事転用は同海域上空に設定した中国の防空識別圏(ADIZ)を真に機能させ、自衛隊と米軍の動きを制限する結果をもたらす。

 

南シナ海で7つの島を埋め立て造成した人工島は、中国管制の空白圏だった南シナ海中央部、フィリピン、台湾間のバシー海峡で、中国の航空管制力を強化することになる。

 

中国はあらゆる意味で台湾への影響力を強めており、中国の侵略を阻止する台湾の力は失われつつある。7月30日、沖縄本島と宮古島間の宮古水道上空を中国人民解放軍の爆撃機など4機が2日連続で飛行した。4機は東シナ海から太平洋に出て反転し、同じルートで中国側に戻ったが、台湾海峡への中国のコントロールが強まれば、日本への影響は測り知れない。

 

中国が沖ノ鳥島を島だと認めないのは、射程3000キロを誇る米軍の巡航ミサイルが北京を襲う可能性への恐れだと専門家は見る。米国との戦闘を想定すれば、中国は北京を起点に半径3000キロ以内の海を確保し、米軍の接近を許さないのがその戦略の基本となる。沖ノ鳥島周辺の日本のEEZを断じて許さないと主張するのは、周辺海域を逆に中国の支配下に置く意思であろう。


気味悪い程の熱心さ

 

習主席は「中華民族の偉大なる復興」を掲げるが、中国の夢の実現は米国と戦うよりも、米国の脅威を無効化することによって戦わずに達成するのが賢明な方法だと、孫子の兵法に倣って考える。

 

戦わずして勝つその手法が、東シナ海、沖縄・南西諸島、沖ノ鳥島海域を含む西太平洋、南シナ海、バシー海峡、台湾海峡をまたいで勢力圏を形成し、日米両国にとっての生命線であるシーレーンを握ることなのだ。日本は石油の90%以上を同海域を通って運び、米国の戦略物資の過半も同様である。

 

こうした全体像の中に東シナ海ガス田問題を置いて考えれば、同問題を経済的要因だけで判断することの危険性は明らかだろう。

 

中国を駆り立てるエネルギーは、かつて中国は全てを奪われたという恨みと暗い情念とである。彼らは米国でも欧州でもない、中国自身の価値観に基づいた世界の形成を目指しているが、彼らの価値観を体現する中国で人々は幸せになっているだろうか。7月のわずかひと月で人権擁護派の弁護士ら200名以上が拘束・逮捕された。チベット、ウイグル、モンゴルの人々は弾圧され、虐殺され続けている。空気も水も金儲け優先で汚染されている。

 

その中国がいま、気味悪い程の熱心さで、安倍晋三首相の訪中を働きかけている。靖国神社に参拝しないという意思の伝達を含む3条件つきの訪中の要請だそうだ。

 

自由と人権を認めず歴史を捏造する指導者に、留保もつけずに訪中することは、価値観を大事にする日本の首相には似合わない。日本らしさを殺ぎ国益に適わない訪中なら、慎重にすべきだ。

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