闘うコラム大全集

  • 2015.08.27
  • 一般公開

私はこう読んだ終戦70年「安倍談話」

『週刊新潮』 2015年8月27日号

日本ルネッサンス 第668回


 

8月14日に発表された戦後70年談話には、安倍晋三首相の真髄が表わされていた。

 

談話発表まで、日本の多くのメディアが報じたのは「植民地支配」「侵略」「お詫び」「反省」の4語をキーワードとし、これらが談話に盛り込まれるか否かという浅い議論だった。中韓両国も注文をつけ続けた。静かに歴史を振りかえり、未来に想いを致すことを許さない非建設的な雰囲気の中で安倍首相が語ったのは、大方の予想をはるかに超える深い思索に支えられた歴史観だった。

 

最大の特徴は有識者会議「21世紀構想懇談会」が打ち出した「満州事変以降、日本は侵略を拡大していった」という歴史観を拒絶したことだ。首相は談話でこう語っている。


「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう2度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」「先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました」

 

この件りについて談話発表直後の「言論テレビ」の番組で外交評論家の田久保忠衛氏が喝破した。


「首相は、第1次世界大戦、不戦条約、国連憲章及びわが国の憲法9条の言葉を語っているのです。これら国際間の取り決めに込められた普遍的原理をわが国も守ると一般論として語っただけです。21世紀懇は日本が侵略したという歴史観を強く打ち出しましたが、歴史には常に因果関係があります。そのヒダを見ることなしに満州事変以降を切り取って議論するのでは歴史の実相は見えてきません。そのような21世紀懇の歴史観を、首相が採らなかったことを高く評価します」


戦後の日本の思い

 

首相は21世紀懇の意見に耳を傾けたと再三強調したが、同懇談会の主張は日本の近代化の歴史を描いた部分で活用された。100年以上前の世界には、西洋諸国の広大な植民地が広がっていた。植民地支配の波は19世紀、アジアにも押し寄せた。そうした中で日露戦争となり、同戦争はアジア・アフリカ諸国への勇気づけとなった。だが欧米諸国による経済ブロックの形成で日本の孤立が深まり、やがて日本は世界の大勢を見失った。談話の冒頭に書かれたこの振りかえりは、まさに21世紀懇が示した歴史の枠組みだった。

 

彼らの議論は、日本は歴史の大勢を見誤ったけれども、背景にはそれなりの事情があったという日本の歴史観として、公式の談話に明確に盛り込まれた。

 

首相は一方で日本と戦った国々や戦場で犠牲となった人々に心のこもった言葉を重ね、そうした犠牲を忘れてはならないことを、おざなりではなく、丁寧に伝えた。首相の真摯な哀悼の表現を、米戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部長、マイケル・グリーン氏は「侵略や植民地化への言及や反省に関する表現は多くの人が予想した以上に力強かった」と語り、評価している。

 

日本国民に強いられた無残な犠牲も言及された。「終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々」という件りには、ソ連軍によってシベリアに抑留された60万余の兵たちが含まれているはずだ。ソ連兵に蹂躙された100万余の婦女子の悲劇も心にうかぶ。広島や長崎での原爆投下、都市への爆撃は、当然、米軍による非人道的な行為を指す。

 

敵側による犠牲だけでなく、南方戦線で、戦闘ではなく、飢えで命を落とした幾万の兵、彼らを死なせた日本軍の拙劣な戦略戦術も含めて、首相は、歴史を取り返しのつかない、苛烈なものと悼んだ。

 

民主党代表の岡田克也氏は、首相談話の先述の4つのキーワードは「いずれも引用の形で述べられている。一般論に終始している」と批判した。

 

だが、国際社会の声から明らかなのは、戦後70年のいまも日本にお詫びを求め続ける中国や韓国はおかしいということだ。アジアの多くの国も、米国も豪州も、大事なことは日本の未来の行動だと考えている。

 

その点を首相は振りかえり、戦後の日本の思いを行動で示すため、「インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました」と述べた。

 

日本が21世紀の国際社会、とりわけアジアの人々のためにどのように貢献したいと考えているかが、ここに反映されている。

 

東南アジアの国々に続いて、台湾、韓国、中国、と台湾を筆頭にあげたことに中国は強く反発した。中国共産党機関紙傘下の『環球時報』は「中国が最後に列挙されたこと」「台湾が個別に言及されたこと」に対する不快感を示した。


謝罪に終止符

 

日本の歴代政権は日本と中華人民共和国との国交回復以降、72年の共同声明の精神に基づいて、「ひとつの中国」という考えを「理解し、尊重」するとして、諸国の国名と並列で台湾を明記することはなかった。並列で明記した談話から読みとれるのは、中国の主張は理解し尊重するが、それは100%の同意ではない、ということではないか。ここには日本が大事にしようとする価値観がにじみ出ている。

 

首相は21世紀の価値観として、女性の人権擁護、自由で公正で開かれた国際経済システムの構築、自由、民主主義、人権の尊重を推進する積極的平和主義の外交などを説いた。

 

会見の質疑応答では、こうも述べた。「残念ながら、現在も紛争は絶えない。ウクライナ、南シナ海、東シナ海での力による現状変更の試みは許されない」。驚く程率直な、中国及びロシアに対する痛烈なメッセージではないか。

 

日本が自らの歩みを振りかえるとき、「大勢を見誤った歴史」がくっきりと見える。中露両国が大勢を見誤っているとの発言は自省すればこそ21世紀の価値観をリードしなければならないという責任感でもあろう。

 

談話で最も重要な点は「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と語り、謝罪に終止符を打ったことだ。謝罪の終わりを宣言したことは、中国、朝鮮半島のためにも評価すべきだ。東アジアで、日中韓3カ国が協力することこそ、すべての人々の幸せに繋がる。日本が謝罪を続けることは、その照り返しとして中国、朝鮮半島に歴史に対する後ろ向きな価値観を生み出す。その非生産的な歴史の連鎖を断ち切る道が、日本は過去を受け継ぎながらも、未来へ向かって進むと宣言した首相談話なのである。

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