闘うコラム大全集

  • 2015.09.03
  • 一般公開

中国に阿る潘基文国連事務総長

『週刊新潮』 2015年9月10日号

日本ルネッサンス 第670回


日本人の間には根強い国連信仰がある。国連に、理想の国際社会の姿を重ねる人々は、日本国憲法前文や9条を至上の価値と崇める人々とも重なる。

 

韓国出身の国連事務総長、潘基文氏が9月3日、北京の抗日戦争勝利記念式典に参加する。氏の行動は、国連信仰が如何に幻想に近いものであるかを巧まずして示している。

 

国連はあらゆる意味で、十分に機能し得ていない。200近い国々の集合体には幅広い意見や主張が存在する。5つの常任理事国は拒否権を有し、自国に不都合な決議を葬り去る。このような事情で国連が機能しにくいことを承知していながら、それでも機能させるべく努力しているのが国際社会の現状である。国連事務総長はその努力の先頭に立つべき存在だ。事務総長の依って立つ基盤は、従って、国際法であり、自由と人権擁護の普遍的価値観でなければならない。

 

出身国によって、或いはその人物の個性によって多少の違いはあるが、歴代の事務総長の多くは右の基準を満たすべく出身国の利害を超えて活動した。

 

国連事務総長の出身国は初代がノルウェー(1946年~52年)、次がスウェーデン(53年~61年)、3代がビルマ(61年~71年)、4代がオーストリア(72年~81年)、5代がペルー(82年~91年)、6代がエジプト(92年~96年)、7代がガーナ(97年~06年)、8代が韓国(07年~)だ。

 

こうして見ると、概して小国或いは中位国の出身者である。そのわけは、拒否権という特別の権利を有する国々が常任理事国として中枢を占める国連が、大国だけの意思で運営されることのないように、弱小諸国の立場や価値観、国益を守るためである。

 

かつて国連で活躍したある関係者は、国際社会の基軸となる普遍的価値観を擁護する重大な責任が事務総長にあるのは明らかだが、8人の中には、国際社会に大きく貢献した人もいれば、自身の野心の実現のために「生臭い活動」をした人物もいると語る。彼は、歴代事務総長の中で、恐らく最も尊敬されているのが2代事務総長、スウェーデン出身のハマーショルド氏ではないかと、振り返った。


第三世界の外交官


「彼の在職は1953年から61年で、米韓両国に対して北朝鮮と中国が戦いを仕掛けた朝鮮戦争以降、東西冷戦が本格化していました。そうした中、ハマーショルド氏は中国軍の捕虜になった米軍パイロットの解放を周恩来と交渉して実現させました」

 

50年6月25日の朝鮮戦争勃発から4か月後の10月25日に、中国は参戦した。国連軍は北朝鮮を中朝国境まで追いつめていたが、中国軍は反転攻勢に出て国連軍の北上を阻止する。11月下旬には北朝鮮の首都・平壌奪還作戦へとさらなる反撃の段階に入った。

 

中国が「抗米援朝」のスローガンを掲げて戦った米中の対立構造の中で、ハマーショルド氏はトップとして、国連なりの平和への道を探ったのだ。このような冷静な姿勢こそが、国連の目指すべきものだ。

 

エジプト出身の6代事務総長、ブトロス・ガリ氏も偉大な人物だったと、この関係者は述懐する。


「日本のカンボジア平和維持活動(PKO)について、多くの国々は成功は見込めないと否定的に見ていました。ただ、ガリ氏は日本を信頼し協力し評価していた。日本にとっては非常に心強い存在でしたが、残念ながらソマリア紛争などで米国と対立し、米国によって再任を拒否されました」

 

シンクタンク・国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏も、日本の立場で見ると、ガリ氏は最も印象的な事務総長だと語った。


「彼は来日の度に東郷神社に参拝していました。英国など大国の支配を受け続けた西の国から見ると、東方で日本がロシアに勝ったことは大変な驚きで、尊敬の対象なのです。彼は、大東亜戦争で敗北したとはいえ日本がいつまでも米国製の憲法に縛られて自主独立の道を歩めないのはおかしい、それは国際社会のあるべき姿ではないとして、日本の憲法改正を表立って支援していました」

 

先の国連関係者が続ける。


「ガリ氏と7代事務総長、ガーナ出身のコフィ・アナン氏は、日本やドイツは安全保障理事会の常任理事国になるべきだとの考えでした。ガリ氏はその思いを隠さず率直に語っていました。欧米列強に対し、第三世界の外交官として毅然と物を言うガリ氏の気概は、サムライの心と相通ずるものがあると感じました」


歴代事務総長はいずれも、小国或いは中位国出身であるからこそ、国際社会がひと握りの大国によって、その大きな力を背景に恣意的かつ独善的に左右されることのないよう、普遍的価値観に基づいて筋を通すよう、努力した。そのような歴代事務総長の姿勢と較べると、潘氏はどうか。


「一言でいえば生臭さを感ずる」というのが先の国連関係者の実感である。潘氏の言動は政治的にすぎるということであろう。


普遍的価値観を守る

 

クルト・ワルトハイム氏は、4代事務総長を辞した後、オーストリアの大統領に就任した。政治的野心をもって事務総長に名乗りを上げたと見る人もいる。潘氏が韓国大統領選挙に出馬する可能性も報じられており、氏の近年の言動の中には、韓国の世論を意識したと思えるものがある。

 

たとえば、13年8月26日、ソウルでの記者会見の発言だ。氏は安倍政権の歴史認識について「正しい歴史(認識)が、良き国家関係を維持する。日本の政治指導者には深い省察と、国際的な未来を見通す展望が必要だ」と批判した。正しい歴史認識とは韓国の立場に立った認識なのかと、日本人なら思うだろう。一国の見方に与し、他国の見方をあからさまに排除する姿勢は、国連事務総長としての立場を忘れ去ったものだ。

 

他方、普遍的価値観を守ることも重要な責務のひとつである国連の事務総長として、氏は中国にもロシアにもまともな発言はなし得ていない。昨年2月、ロシアのソチ五輪開会式には欧米主要国が欠席する中、出席したが、プーチン大統領による苛烈な人権侵害問題には抗議もしなかった。氏は今回、中国で何を語るのか。

 

かつて北朝鮮を支えることで朝鮮戦争を長引かせ、朝鮮全土に凄まじい犠牲者を出す原因となったのが中国の軍事介入だ。中国はいまも国際社会を脅かす暴力要素である。東シナ海、南シナ海で継続する侵略行為、チベット、ウイグル、モンゴルの各民族への民族浄化、世界最悪の不透明な軍拡。これらについて、潘氏は本来、強く抗議すべき立場だ。氏の北京訪問はあるべき国連トップの言動から外れたもので、国連のみならず、韓国への信頼をさらに低下させるだけであろう。

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