闘うコラム大全集

  • 2015.11.12
  • 一般公開

3国首脳会談、日本の外交的勝利

『週刊新潮』 2015年11月12日号

日本ルネッサンス 第679回


11月1、2の両日、ソウルで開かれた日中韓首脳会談の報道を読んで、3国の国柄の真に異なることを改めて実感した。

 

韓国は成熟国家になりきれず、自国の国益さえも見定められないでいる。中国は状況が不利な中でも足らざるものを取り、目的達成に向けて前進し続けようとする。そのために詭弁を用い計算を優先する、孫子の兵法が前面に立つ。日本は安保法制とTPP合意で国の基盤を整え、自信と力を強めているが、日中韓の闘いの厳しさの中で、国益擁護の攻めの姿勢をもっと身につけるべきではないか。

 

日中韓3国は激変する世界情勢の中で今後、日米対中国、或いは日米対中露という新たな対立の構図に入りかねない。3国がこれからどのように協力できるのかを見る前に、各国の在り方が余りに異なっていて、思わず笑った場面がある。

 

朴槿恵大統領は晩餐会を開いて中国の李克強首相をもてなしたが、わが国の安倍晋三首相のためには昼食会さえ開かなかった。ところが韓国側は事前の折衝で、朴氏主催の昼食会開催を条件に、姿勢を低くして慰安婦問題の「年内解決」を明言することを安倍首相に求めていたそうだ。


「昼飯なんかで国益を削るわけにはいかない」と安倍首相が一笑に付して拒絶したと、「産経新聞」が3日の1面で報じ、他方、「読売」が同日7面でその後の顛末を報じていた。

 

11時45分頃に日韓首脳会談を終えた安倍首相に朴大統領が、「これからどうするのか」と尋ねたそうだ。


「焼肉を食べに行く」と首相が応え、驚いた朴大統領は言うに事欠き、「安倍さん、焼肉がお好きなんですね」と応じたそうだ。

 

他国の首相を迎えるのに条件付きの昼食会を持ちかけ、断られるなど、面目丸つぶれである。大統領主催の昼食会を求める余り、国の名誉にかかわる案件で安易な妥協をする首脳が一体、どこの世界にいるだろうか。大統領主催の昼食会に日本の国益を犠牲にする価値があるなどと、まさか韓国側事務局が考えたわけではないだろうが、一連の状況は、物事を客観視できない韓国側の姿を表していないか。

 

そんなことは意に介さず、安倍首相はソウル市内の焼肉店に繰り出してカルビをペロリと平らげたそうだ。ここは安倍首相に、思い切って高く軍配を上げたい。


日本に譲歩

 

今回の首脳会談には、そもそも幾つもの前提条件がつけられていた。

 

靖国神社に参拝しないと明言せよ、尖閣諸島は中国領であり、従って日中間には領有権問題が存在することを認めよ、と中国側は安倍首相に求めた。韓国は慰安婦問題で日本政府の譲歩と解決が必要だと主張した。対して日本は、前提条件なしの会談でなければならないという原則論を展開した。そして、首脳会談は日本の原則に基づいて開催された。つまり、中韓両国が譲ったのである。

 

しかし中国は、日本に譲歩したことを中国国民の目から巧みに隠し、逆に強く日本を批判したという印象を、国内向けに作り上げることに成功したのではないか。

 

李首相はまず、3国会談前日に韓国入りし、朴大統領と会談した。安倍首相抜きで会合し談笑する両首脳の映像は、如何にも両国が歴史問題をはじめ諸懸案で対日共同戦線を固めた印象を見せつけた。当然、中国国内にその印象は広がったであろう。

 

日本政府関係者は、これを「2対1のアウェーの試合」と位置づけ、厳しい状況を想定した。3国会談はしかし、始まってみると、中韓、とりわけ中国は、日本側が想定していたよりも冷静に実利を求めようとしたのではないか。安倍首相が原則を堅持して首脳会談に臨んだのとは対照的に、日本の原則論に押し切られても首脳会談をせざるを得なかったことを考えれば、中国側には明確に求めるものがあったはずだ。

 

日本に働きかけて対中投資を増やさせなければ、中国経済はますます減速する。南シナ海問題では、さらなる中国批判を牽制する必要がある。TPP合意を成し遂げた日本を日中韓FTAに引き込み、TPP体制の進展を防ぎたい。このような実利を、兎にも角にも追わなければならない。

 

中国はこうした弱みを強硬姿勢という目くらましで隠そうとしたのではないか。3国の首脳が揃った会談で、李首相が「(3国の)協力は歴史など敏感な問題に善処する上に成り立つ。一部の国はいまだに深い理解が成り立っていない」と暗に日本を批判したのは、その一例であろう。

 

安倍首相が「特定の過去だけに焦点を当てる姿勢は生産的ではない」と反論したのは当然だ。

 

その後に行われた安倍・李会談でも歴史問題に関する応酬があり、その内容が厳しかったことを私たちは中国側の報道で知ることが出来る。李首相は「歴史問題は13億人の中国人民の感情にかかわる」とし、「日本が責任ある態度で問題を処理することを望む」と高飛車な調子で日本に反省を迫ったことになっている。


「兵は詭道」

 

対して日本側は安倍首相の反論を明らかにしていない。ここに中国のトリックがある。中国が諸懸案についての議論は互いに公表しないことを提案し、日本側がこれを受け入れたというのだ。だが、中国側は明らかにその合意を守っていない。中国メディアは李首相の対日批判を詳しく報じ、他方、日本側は11月3日現在、合意を守っており、安倍首相の反論も明らかにしていない。

 

中国では「兵は詭道」である。軍事や戦いにおいてだけでなく、およそすべての交渉で、中国の基本政策は相手を騙すことにある。騙すことで目標を達成するのが一番よいとするのが孫子の兵法である。

 

そのような中国に日本はどう対処すべきか。今回、原則を曲げずに、会談に応じた安倍外交は、成熟した国としての日本のイメージを内外に示したはずだ。

 

しかし、中国に対しては彼らの長期戦略の脅威を真に認識しているか。現在の外交で、日本の名誉、国民の生命、財産、安全、領土領海を守り保全することは可能か。中国が世界で推進する戦略を見れば、かの国に一切の油断は禁物である。米艦ラッセンの航行で緊迫する南シナ海、ハーグ常設仲裁裁判所が示した中国による南シナ海領有権の主張に対する事実上の否定、中国の国際規範無視に反発する国際社会、にも拘わらず中国は決して南シナ海も日本の東シナ海も、1ミリも譲ろうとしない。歴史を捏造し、歴史カードを用いて日本を貶め、影響力を殺ぐことも、中国共産党は決して諦めていない。

 

安倍・李両首相間で何が話し合われたのか、中国が合意を破って情報を開示したのであれば、日本側も同様に明らかにし、中国が日中韓関係のルールメーカーになるような事態は防ぐべきだろう。

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