闘うコラム大全集

  • 2016.03.26
  • 一般公開

米国を根本から変える意味合い持つ最高裁判事後任問題の混迷

『週刊ダイヤモンド』 2016年3月26日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1126


3月15日の米大統領選の予備選で、共和党のマルコ・ルビオ氏が撤退した。氏は共和党のいわゆる良識派の期待を担っていた。しかし、自身の地元のフロリダ州でドナルド・トランプ氏に大きく水をあけられて、撤退が決定的になった。

 

トランプ氏の暴言と“敵”をつくり続ける非常識な手法を、米国のみならず世界中が懸念する中で、極めて重要な国内問題の処理に共和党が頭を痛めている。2月に死去した米連邦最高裁判所判事、アントニン・スカリア氏の後任問題である。

 

氏は1986年にロナルド・レーガン大統領に指名され、30年間、最も筋を通した保守の判事だと評価されている。同氏の死去で9人の最高裁判事は8人となり、保守対革新で4対4に勢力が二分されている。米最高裁の権威は非常に強く、議会が重要問題を決定できないとき、答えを出し、米国という国の方向性を決定する役割を、事実上担ってきた。現在、移民制度改革、人工妊娠中絶の合法化、大学の入学選考における人種要素の考慮の可否などの事項が最高裁判断を待っている。

 

米国という国の根幹に関わる事柄で、最高裁判断が米国社会の在り方、国柄を形成するほどの影響力を有するだけに、4対4の拮抗状況を保守有利にするのかリベラル有利にするのかの鍵がスカリア氏の後任人事である。

 

最高裁判事はまず大統領が任命し、100人の上院議員のうち60人以上の支持を得て承認される。バラク・オバマ大統領は早速後任人事の選考に入っており、早ければ今週中にも議会に提案するとみられる。ジレンマに陥ったのが共和党だ。オバマ大統領の支持率が低調で国民に不人気であるため、本来なら、次期大統領は共和党からだと多くの人が考えた。しかし、予備選の状況は、トランプ氏が共和党候補者になる可能性を強く示唆している。

 

無論、まだ決まったわけではない。トランプ氏が共和党大会までに過半数の代議員を確保できなければ、テッド・クルーズ氏やジョン・ケーシック氏の2、3位連合による逆転もあり得るかもしれない。ただし、その場合、共和党が1つの党として勢力を維持できるかどうかは、不明である。結局、トランプ氏とヒラリー・クリントン氏の闘いになれば、後者が勝利する可能性がある。この展望に、共和党側が焦りを抱くのは当然である。

 

そうした中、最高裁判事人事について共和党内に、オバマ大統領の人選に向き合い議論すべきだとの声が上がってきた。オバマ大統領は上院の過半数を持つ共和党に受け入れてもらうために、極端な左翼思想の人物を推薦することはないだろうという読みから、この歩み寄りの提案は生まれている。

 

他方、こんなうがった見方もある。クリントン氏の私的メール使用問題には機密情報に関する非常に深刻な要素があり、連邦捜査局(FBI)の訴追を受ける可能性もゼロではない。訴追は大統領の許可なしには行われ得ない。そこでオバマ大統領がクリントン氏を免責し、代わりにクリントン氏がオバマ大統領を次期最高裁判事に任命する可能性もあり得るというのだ。

 

無論これは推測にすぎず、具体的な根拠はない。しかし、このような見方さえもが一部とはいえなされるほど、最高裁判事の人事をめぐる保守対リベラルのせめぎ合いは激しい。

 

オバマ大統領はリベラル中のリベラルである。オバマ大統領がスカリア氏の後任に就くようなことになれば、米国司法のリベラル志向は強化される。次期大統領は少なくとも4年間、米国の頂点に立つ。いま最高裁判事八人のうち3人が75歳以上である。スカリア氏の後任人事は別にして、次期大統領は3人の最高裁判事を任命する可能性がある。実に、今回の大統領選は司法においても、米国を根本から変える意味合いを持っている。

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