闘うコラム大全集

  • 2016.05.21
  • 一般公開

弱体化が進む金正恩体制 拉致問題交渉の機会を見逃すな

『週刊ダイヤモンド』 2016年5月21日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1133


36年ぶりの北朝鮮労働党大会から読み取れるのは北の四面楚歌である。

 

北朝鮮側が招待状を出さなかったとはいえ、北朝鮮を守り続けてきた中国は参加しなかった。両国の事実上の没交渉に加えて、金正恩氏の人事からは中国への強い敵愾心が読み取れる。

 

父親の金正日氏は軍を主軸に据えた「先軍思想」を実践したが、正恩氏は党の組織指導部の幹部らを登用して党中心の体制に引き戻した。組織指導部は正日氏が父親の金日成氏から権力を奪い取る際に利用した組織である。正日時代には前面に出ることなく、隠れた存在として汚れ仕事を担ってきた。


「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏は組織指導部は「党の中の党」であり、情報の世界では、「北朝鮮のベリヤ」と呼ばれていると説明する。

 

ラヴレンチー・ベリヤは旧ソ連の政治家で、反スターリン派の大粛清を指揮したことで知られる。ミハイル・ゴルバチョフ氏のペレストロイカの下で明らかにされた大粛清の実態は、逮捕者250万人、処刑者6万人、獄死者16万人余りなどというおぞましさだ。そのベリヤに匹敵するといわれる組織指導部は、正日氏の妹の夫で中国通だった張成沢氏の無残な処刑も主導した。

 

正恩氏が組織指導部を政権運営の主軸に据えたことは、恐怖の独裁体制強化を意味する。

 

だがそれは正恩氏の指導力の強化ではなく、むしろ弱体化を示すと、洪氏は語る。父親の正日氏は先軍政治の下に軍を強化する一方で、組織指導部を使って厳しい監視の目を光らせた。正日氏は組織指導部を自らの支配下に置くことができた。しかし正恩氏は彼らを前面に出さざるを得なかった。組織指導部が正恩氏を活用し始めたといってもよいというのだ。

 

北朝鮮の現状に関しては、近未来の崩壊説が公然と語られ始めている。5月3日、米ワシントンで戦略国際問題研究所(CSIS)と韓国の「中央日報」の共同シンポジウムが開催され、前米国務次官のウェンディー・シャーマン氏が率直に語っている。


「朝鮮半島の現状が持続可能でないことはますます明らかだ。突然の政権崩壊あるいはクーデターという予想外の事態の発生は除外できない」

 

米国の情勢認識は非常に厳しく、正恩体制の崩壊を自明の前提として朝鮮半島の近未来が語られる。米国の有力シンクタンクは4月に中国のシンクタンクと共同で、北朝鮮有事の際、どのように事態を収束し、どのような朝鮮半島をつくるかを話し合った。

 

両者の意見交換では驚くべきことに、中国と統一朝鮮の国境をどこに設定するかも話し合われている。米韓両軍はどこまで北上し、中国はどこまで南下するのか、北朝鮮有事を米中の戦争にしないために、どこで戦いをやめ、国境をどこに設定するのか、大国同士で腹を探り合っているのである。

 

中国は現在のまま、山岳地帯を国境とすることに難色を示した。国境線が長過ぎ、管理が難しいからだそうだ。中国は朝鮮半島が細くなっている所まで国境を大幅に南に下げたいと要求したという。彼らの示した国境線では北朝鮮の核施設、寧辺も中国領に入る。

 

ここで感ずるのは、米国は核兵器の存在故に北朝鮮に強い関心を抱いているが、それがなければ中国との妥協もいとわないのではないかということだ。日本はどれだけこうした米中の動きを捉えているか。拉致被害者を抱える日本こそ、北朝鮮の近未来に他国よりも鋭い関心を抱き続けるべきだ。

 

北朝鮮はこの状況の中で、日本に出口を求めようとしている。であれば、この機を見逃さず、拉致問題解決に向けた交渉の機会とすべきだ。正恩体制が弱体化したいま、拉致被害者全員の帰国を要求し、それが実現したときに初めて、他国よりも厳しい日本の経済制裁を緩めると言うべきだ。

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