闘うコラム大全集

  • 2016.11.05
  • 一般公開

欧米流の合理的戦略論だけでなくアジアの曖昧路線を理解する重要性

『週刊ダイヤモンド』 2016年11月5日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1156


フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が来日した。安倍晋三首相との首脳会談で、大統領は南シナ海問題を持ち出し「日本とフィリピンは同じような状況にある」「われわれは常に日本の側に立つ」と、それぞれ2回、繰り返したという。

 

安倍首相はドゥテルテ大統領の本音を聞くべく、首脳会談後に両首脳を含めて6人のみが参加する小規模会談を設けた。同会談は首脳会談の2倍の長さの70分に及んだと、「産経新聞」の田北真樹子氏が書いている。明らかに安倍首相はドゥテルテ大統領の心を開いたのだ。財界人との会合で「日本が大好きだ」と大統領は繰り返した。

 

日本に先立って訪問した中国では「米国との関係を断つ」という暴論を口にし、東京でも、米国を念頭に、フィリピン国内の外国軍基地を2年以内になくすと語った真意は測り難い。明らかに、大統領には欧米流の理詰めの論理は通用しないのである。

 

米国の後ろ盾が南シナ海における中国の侵略阻止に欠かせない要件であることは、1991年末に米軍基地が閉鎖された途端に中国船がフィリピンの海に侵入してきたことからも明らかだ。だが、ドゥテルテ大統領の念頭には、90年代以降の現代史よりももっと長い米比関係の歴史と、民族としての苦い記憶があるのだろう。中国に対しても、古代から中国と付き合ってきたフィリピンの思いが、米国の対中感覚と一致するわけもないだろう。

 

大統領と共に来日したベテラン政治家、ヤサイ外相が10月26日の記者会見で語った内容が興味深い。「南シナ海問題は中国と平和的に解決したい。フィリピンが米国との定期合同演習を一方的に終了したのは、中国の疑念を高めたくないからだが、米比相互防衛条約は重要で尊重し続ける。条約は打ち切りにはしない」と、語ったのだ。

 

白とも黒ともはっきりしない曖昧な立場は、理屈では説明できない。フィリピンを含むアジア諸国の主張はこのようによく分からないことが多い。とはいえ、これが現実なのである。

 

日本は、米国よりも巧みにこの種の曖昧さを受け入れられるのではないか。ドゥテルテ大統領に、「日本に感謝している」と言わしめたのは、フィリピン独自の感じ方を日本側が受け止め得ているからであろう。押し付けるのではなく、語り合うことで、フィリピンに日本と同一の方向性を共有させることに成功したのが今回の例ではないか。

 

米国の影響力が相対的に弱まる中、日本は米国の合理的戦略論とともに、アジア流の曖昧路線を理解することが大事である。欧米流の理屈だけでは対処できないことを肝に銘じ、各国独自の歴史や文明、価値観を心に刻むことである。

 

価値観がいかに多様であり得るかを知悉しておくのがよい。世界があまりに混然とし、多くの事が発生するとき、私が時折り開く本に『東北学へ』(赤坂憲雄・責任編集、作品社)がある。

 

10年前に、山形しあわせ銀行での講演がご縁で全10巻の貴重な全集を頂いた。東北芸術工科大学の赤坂憲雄大学院長が全巻をそろえるのに尽力してくださった。同全集では、日本人はそもそもどういう人たちか、日本列島の文明はどのような流れの中で育まれたのかが、多角的に論じられている。

 

実はこの全集を縄文人への憧れから読み始めた。「東北学」はしかし、1万年も続いた縄文文明を超えて日本人のルーツ、「日本」を形成する要素が、驚くほど多様であることを教えてくれる。

 

常識では理解し難い現象が世界中で続発するとき、「日本人」とひとくくりにされる私たち日本民族の、実は非常な多様性に満ちた歴史を思い出して、1つの価値で決めつけることへの自戒とするのだ。そうしてこそ、アジアの「曖昧さ」も理解でき、したがってアジア諸国のリーダーともなり得るのである。

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