闘うコラム大全集

  • 2016.12.03
  • 一般公開

明治天皇に見る、存在するだけで国家の求心力であり得る皇室・天皇の役割

『週刊ダイヤモンド』 2016年12月3日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1160


3・11の悲劇で日本人が意気消沈していたとき、日本研究の重鎮、ドナルド・キーン氏は日本国籍を取得して日本人となった。氏は『明治天皇を語る』(新潮新書)で明治天皇の人柄について詳述し、愛情を込めて「ようするにかなり変わった日本人だった」と評している。


「刺し身が嫌い、花見も嫌い、清潔さに興味がない」からだというが、それぞれ背景がある。まずは花見だ。

 

京都から東京に移った明治天皇の憂い顔に、側近が京都に戻られることを勧める。天皇は答えた──「朕は京都が好きである。故に京都へは参らぬ」。

 

明治天皇は「自分の好き嫌いに従いたくなかった」ようで、「自分は楽しむために生まれてきた人間ではないとの、儒学的な思想」が京都に戻らなかったことの背景にあると、キーン氏は解説する。確かに明治天皇は、日本各地に天皇のために造られた別荘に、一度もお出ましになっていない。

 

国民は暑さ寒さの中でも働いている。自分だけ静養する気になれない、と、「朕は臣民の多くと同じことがしたい」とも語っている。

 

刺し身がお嫌いなのは、明治元(1868)年10月、「東京城」(江戸城)に入城されるまで京都におられたことと関係があるのではないか。当時は冷蔵技術も未発達で、生きの良い魚が宮廷にまで届かなかったのではないかと、私は勝手に考えている。


「清潔さに興味がない」についても十分な理由がある。私はなぜ、明治天皇があまりお風呂に入らなかったのかを知って、大いに同情したのだが、詳細は米窪明美氏の『明治天皇の一日』(新潮新書)に譲る。

 

明治天皇は、一度登用した人物を長く務めさせたが、人材登用の条件とした資質の1つが「正直であること」だった。明治天皇はうそも言い訳も徹底して嫌った。そしてもう1つの人材登用の条件に、自分の指示への絶対的服従があったと、米窪氏は指摘する。


「絶対的服従」の要求は、暴君のそれとは決定的に異なる。それは上に立つ天皇の側からのきめ細かな配慮と対になっており、日本社会を束ねる伝統的な価値観を反映したものだ。天皇は国民に慈愛を施し、国家安寧の礎であり続けることで国の基(もとい)となるという価値観である。

 

周知のように、明治天皇は、父帝、孝明天皇の崩御で、14歳にして天皇となった。そしてわずか2年後の1868年、明治維新で文字通り日本国を担う立場に立つ。以降明治天皇は一貫して、日本を守るための天皇の在り方に心を砕く。

 

明治24(1891)年の大津事件では直ちに行動を起こした。ロシア皇帝と負傷したニコライ皇太子に電報を打ち、皇太子の見舞いのため、あれほど自らを律して訪れなかった京都に向かった。深夜に到着し、皇太子の滞在先に赴いた。ロシア側に拒絶されたが、明治天皇は翌日、再度訪問する。

 

一連の迅速な行動をキーン氏は高く評価するが、このとき明治天皇は皇太子に同行してロシア艦が停泊する神戸港まで無事に送り届けている。のみならず、ロシアが明治天皇を連れ去るのではないかと側近が心配する中、皇太子の招きでロシア艦で食事を共にする。

 

3年後、日清戦争が勃発すると、明治天皇は朝鮮半島に近く、主力部隊の出港地だった広島の大本営に赴いた。粗末な木造2階建ての民家で7カ月、戦地の兵と同じ生活をという理由で、暖房なしで過ごした。

 

徳川政府が機能停止に陥ったとき、明治天皇は国の中心軸に据えられ、59歳で崩御するまで、終身天皇として過ごした。維新から77年後、日本は大東亜戦争に敗れ、皇室の位置付けも大きく変わった。皇室の在り方を考えるとき、存在するだけで、危機に当たって国家の求心力であり得る皇室・天皇の役割にあらためて心を致すものだ。

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