闘うコラム大全集

  • 2016.12.08
  • 一般公開

時代の趨勢も、その本質も見ないメディア

『週刊新潮』 2016年12月8日号

日本ルネッサンス 第732回


11月23日、シンクタンク「国家基本問題研究所」のセミナーには約800人の聴衆が参加した。「トランプ政権と日本の決断」と題して約3時間半、活発な議論が続いた。会場後方には各テレビ局のカメラが並び、新聞社及び雑誌社の記者も取材した。

 

マスコミ席の近くに座っていた一般会員の若い女性が、私に語った。


「セミナーの間も、その後の質疑応答のときも、記者の人たちのパソコンを打つパシャパシャという音がずっと続いていました。それがあのときばかりはピタッと止んだのです。誰もその一件はメモしなかった。とてもおかしな気がしました」


「あのとき」とは、質疑応答で参加者の1人が日本のマスメディアの責任について問うたときのことだ。安保法制、中国の脅威など、どの案件についても問題の本質が国民に十分伝わらず、感情的世論が生まれがちなのは、報道が偏向しているからではないかとの質問だった。私はそのとおりだと思っているが、その場面でどの記者もパソコンを打つ手を止めたというのには、思わず笑ってしまった。女性はさらに語った。


「ということは、マスコミの人たちの取材ノートには一般の人たちが感じているメディアへの疑問や批判は記録されないということですね。私は仕事で、お客様の批判には誠実に対応するよう心掛けていますが、マスコミの人たちの意識には、そういう考え方はないのでしょうか」

 

私はこの女性に感心した。そして国基研主催のセミナーについての今回の報道を振りかえって、改めて痛感した。日本のマスメディアは自らへの批判には応えず、本質から離れた低次元の報道に走りがちだということを。


「田舎のプロレス」発言

 

3時間余の議論の内容は極めて充実していたと、これは多くの参加者が評価して下さった。内閣官房副長官の萩生田光一氏、国基研副理事長の田久保忠衛氏、大和総研副理事長の川村雄介氏の3氏を論者として迎え、私が総合司会を兼ねて登壇した。

 

主な論点として、◎アメリカは超大国ではあるが、普通の国になった、◎国際社会の力学の変化と、避けられないアメリカの没落、◎トランプ型経済は、はじめ好景気、後に大きく後退、◎日本は中国の脅威に自力で対処するとき、◎尖閣諸島の海は非常に緊迫しており、事実を広く国民に公開する必要があるなど、3時間半が短かく感じられた。

 

セミナーの終盤近くになって萩生田氏が質問に応えた。その中に国会での野党の反対の仕方を「田舎のプロレス、茶番のようなもの」という表現があった。失礼ながら、野党にはそのように言われても仕方がない面があると、私は実感している。

 

だが、全国紙5紙、共同、時事、NHK、テレビ朝日、フジテレビなどは一斉に、萩生田氏のその一言を中心に報道、批判した。新聞は一部デジタル版でセミナーの内容に触れたところもあったが、大方のメディアはほとんど無視だった。

 

あの長い時間取材して、なぜこんな内容の報道になるのだろうか。とりわけ酷いのが「朝日新聞」だ。同紙は11月25日、「萩生田副長官 政権中枢の発言に驚く」と題した社説を掲げ、「強行採決」「歴史認識」「首脳外交」の3点に絞って萩生田批判を展開したが、いずれも、朝日にそんな批判をする資格はあるのかと思う。

 

たとえば強行採決について社説子は、「国会で政府・与党が強引な態度をとれば、数に劣る野党が、さまざまな抵抗をすることは当たり前だ。それを『邪魔』と切り捨て、数の力で押し切ることも野党との出来レースだと言わんばかりの発言」だと論難した。

 

去年の安保法制のときのことを思い出してみよう。強引だったのは政府・与党だけではなかったはずだ。民主党(現民進党)などの野党は国会内での議論を置き去りにして、国会外でデモ隊と一緒になって、議員らしからぬ行動をとった。

 

それを朝日は社説でこう述べた。


「衆参で200時間を超える審議で熟議はなされたか」、「(なされなかった)その責任の多くは、政権の側にある」、「暴力的な行為は許されない。しかし、参院での採決をめぐる混乱の責任を、野党ばかりに押しつけるのはフェアでない」(15年9月19日)

 

翌日にはこう書いた。


「まさにいま安倍政権が見せつけているのは、日本が戦後70年をかけて積み上げてきた理念も規範も脱ぎ捨て裸となった、むき出しの権力の姿である」

 

また18日にはこうも書いていた。


「国際社会における日本の貢献に対しても、軍事に偏った法案が障害になる恐れがある」

 

野党の反安保法制の姿勢に肩入れする余り、世界の実情を伝えるという使命を朝日は忘れてしまうのだ。国際社会で、日本の安保法制が軍事に偏っており障害だと批判する国は、中国や北朝鮮くらいのものだ。東南アジア諸国を含めて多数の国が歓迎した事実を、朝日は無視して偏向報道にのめり込んでいく。


政権憎しの感情論

 

民進党を見れば、集団的自衛権の行使に賛成する議員も少くない。彼らは自民党政策の詳細について異論を抱いてはいても、大筋で安保法制は必要だと考えている。民進党現幹事長の野田佳彦氏も著書『民主の敵』(新潮新書)で、「いざというときは集団的自衛権の行使に相当することもやらざるを得ないことは、現実的に起こりうるわけです。ですから、原則としては、やはり認めるべきだと思います」(P134)と書いた。

 

物事の道理を弁えたまともな人物であり、党の重鎮でもある氏が、原則、認めるべきだと言明した集団的自衛権の条件つき容認に対して、民進党は廃案を掲げて選挙戦を戦い、敗れた。そしていま、思想信条で相容れないはずの共産党との協力関係を進めることが論じられている。

 

朝日は自民党を「理念も規範も脱ぎ捨て裸となった」と批判したが、それはむしろ民進党にあてはまる言葉であろう。朝日の社説は、政権憎しの感情論で書かれているのか、批判の対象たる政党を間違えているのだ。

 

朝日社説子は歴史認識についても萩生田氏を批判した。噴飯物である。如何なる人も、朝日にだけは歴史認識批判はされたくないだろう。慰安婦問題で朝日がどれだけの許されざる過ちを犯したか。その結果、日本のみならず、韓国、中国の世論がどれだけ負の影響を受け、日韓、日中関係がどれだけ損われたか。事は慰安婦問題に限らない。歴史となればおよそ全て、日本を悪と位置づけるかのような報道姿勢を、朝日は未だに反省しているとは思えない。

 

民主主義は健全なメディアによる情報伝達があって初めて成熟する。そのことを心すべきだ。

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