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闘うコラム大全集

2017.01.26号
ついに始まるトランプ新政権と日本の対応

『週刊ダイヤモンド』 2017年1月26日号

日本ルネッサンス 第738回


今週、遂にドナルド・トランプという異色の米大統領が誕生する。日本も世界も、当のアメリカも、恐いもの見たさの入り混じった不安感で新政権を迎えるのではないか。

 

新政権の政策が見通せない中、主要閣僚候補が上院の承認公聴会で展開する質疑応答から、アメリカにとって如何にロシアが深刻な脅威であるか、というより、その認識を新大統領が共有していないことを、アメリカの選良たちが如何に懸念しているかが伝わってくる。

 

国防長官に指名されたジェームズ・マティス元中央軍司令官に上院軍事委員会の長、ジョン・マケイン氏が繰り返し尋ねた。「ロシアは脅威か」「共産主義は脅威か」「アメリカは共産主義の害を被ったと思うか」。無防備にプーチン氏を称讃し続けるトランプ氏を意識した問いである。

 

マティス氏は「狂犬」という綽名(あだな)に相応しくない落ちついた態度で、「アメリカの第1の脅威はロシア、次にテロリスト、次に中国」と答えた。ロシアとは「協調可能な分野は減少し続け、対立する分野が増え続ける」「彼らはNATO破壊を目論んでいる」「米国は(1945年2月の)ヤルタ協定以降、共産主義の脅威に直面してきた」など、対露観でトランプ氏とは異なる発言をした。

 

3時間にわたった公聴会で、マティス氏が米軍の軍事力は十分ではなく強化すべきだ、同盟国は大事にすべきだなどと答えたことは、世界の秩序を守るアメリカの役割重視の姿勢であり、委員会の上院議員らを安心させたことだろう。除隊して7年間は政府要職につけない現行法を改正して、上下両院共に氏の国防長官就任を承認することになった。

 

一方、国務長官に指名された石油大手エクソン・モービル前会長兼最高経営責任者のレックス・ティラーソン氏に対する公聴会は、様子が異なっていた。国家予算並みの2桁兆円単位の資金を、世界を相手に動かしてきたビジネス界の大御所は、プーチン政権を支えるロシア国営石油会社・ロスネフチと深い関係を築いてきた。8時間に及んだ公聴会では、氏がビジネス上の利害を離れてアメリカの国益専一に決定を下せるかが問われた。


暗殺計画

 

委員の一人でフロリダ州選出のマルコ・ルビオ上院議員は並み居る委員の中でも飛び抜けて熱心に、複数回、厳しい質問をティラーソン氏に浴びせた。公聴会後、ルビオ氏はティラーソン氏に「懸念を抱いている」と率直に語った。「人権問題への配慮を二の次にするような外交をアメリカはしたくない」との言葉は、ロシアとの経済交渉や中国を巡る駆け引きで、ロシアの人権侵害事案や国際法違反に関して新国務長官が譲ることがあってはならないとの信念であろう。

 

キューバ移民の子供であるルビオ氏にとって、ロシアの人権弾圧や自由への侵害は、自分の両親らが体験したカストロ政権下での同様の体験に重なっているに違いない。

 

アメリカ人はロシア人をどのように感じているのか。イエール出版から『知らない方がよく眠れる─エリツィン、プーチンのテロと独裁への道』を上梓したデイビッド・サッター氏が「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙に1月11日付で書いた。

 

ロシア専門家であるサッター氏は、冷厳な事実を重ねてプーチン氏を批判し、合わせてティラーソン氏をも批判した。氏は上院の公聴会に、ティラーソン氏に少なくとも3つの事件、➀野党指導者ボリス・ネムツォフ氏が2015年に暗殺された事件、➁13年のボストンマラソンでの爆発事件、➂1999年のモスクワのアパートがチェチェン人によって爆破されたと発表された事件について質せと注文をつけている。

 

サッター氏はいずれの事件に関しても詳細な事実を紹介している。たとえば、➀である。プーチン政権のクリミア半島強奪を批判して当時大規模デモを計画していたネムツォフ氏が、クレムリン宮殿近くの橋を散歩中に、銃弾4発を受けて死亡した。宮殿周辺はプーチン氏護衛の厳しい監視体制が敷かれていたが、その中でネムツォフ氏は殺された。

 

サッター氏は、殺害は多くの人間の関与なしには不可能な方法で行われ、関わった人間は「2ダース以上」とする専門家の所見を紹介した。


「橋に設置されていたビデオカメラはそのとき機能停止になっていた。重要地点には監視所が設けられていたが、襲撃の丁度そのときにゴミ収集車がやってきて、衛兵のいる地点からは何も見えないように監視所と殺害現場を遮る形で割り込んだ」

 

さらにサッター氏は書いている。12年2月28日にネムツォフ氏はノルウェーの首都オスロで、アフメド・ザカエフというチェチェン亡命政権の指導者と会った。ザカエフ氏はネムツォフ氏暗殺計画があることを伝えたが、ネムツォフ氏らは半信半疑だった。そこにニュースが飛び込んできた。プーチン氏がテレビ会見で、野党勢力が野党指導者を暗殺してその責任をロシア政府になすりつける計画があると、発表したのだ。


ダブルスタンダード

 

それから3年後の2月、ネムツォフ氏は本当に殺された。プーチン大統領は「(事件は)請負殺人の特徴があり、極めて挑発的な性格を持つ」とのコメントを発表したが、請負人に殺害を依頼したのは誰かと、つい、質したくなる。事件の背後にプーチン氏の暗黒帝王のような指示があると見る政府や人々が少なくないのは周知のとおりだ。

 

ティラーソン氏は他の石油会社の経営者とは異なり、ロシアに技術も資本も提供し、ロスネフチを巨大石油開発企業に育てたといわれる。その貢献によりプーチン大統領から外国人としての最高の栄誉、「友情賞」を受けている。そのような経歴の氏は、ロシアに対する自分の立ち位置の近さゆえに生じがちな疑惑を否定するためか、公聴会では「ウクライナ侵攻など、危機を引き起こしている」などと厳しい意見を述べた。考えるまでもなく、公聴会で氏がそれ以外の回答をするなどあり得ないのである。

 

果たしてトランプ政権は、西側とは価値観の異なるロシアとまともな関係が結べるのか。プーチン大統領の政治的駆け引きに搦めとられたりすることはないか。法の順守、人権や自由の尊重などに全く注意を払わない中国とロシアに、筋の通らないダブルスタンダードで臨んでいるのがトランプ氏である。ロシアには融和的で、中国には敵対的。「ひとつの中国」で中国を批判するのに、なぜクリミア問題ではロシアに物を言わないのか。

 

世界最強国が価値観や原則を貫き通す知性と戦略を欠くことで、世界はいま混沌とした地平に追いやられつつある。だからこそ、繰り返し強調して言いたい。急いで日本の足下を固め、力をつける必要があると。



櫻井よしこ


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