闘うコラム大全集

  • 2017.02.04
  • 一般公開

ポピュリズムに突き進むトランプ大統領 求められる民主主義の「内なる敵」への正対

『週刊ダイヤモンド』 2017年2月4日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1168


自由の旗手であるはずの米国大統領、ドナルド・トランプ氏が「保護主義は国益に資する」と就任演説で語り、市場経済を政治の道具にする中国の習近平主席が「自由な市場経済こそが繁栄のもと」と、ダボス会議で世界に訴える。

 

悪い冗談のような倒錯が、日を追うごとに具体的な政策として私たちに突き付けられる。トランプ大統領はホワイトハウス入り直後の1月23日、環太平洋経済連携協定(TPP)「永久離脱」の大統領令に署名した。25日にはメキシコとの国境の壁建設にも署名する。

 

「アメリカファースト」は「ワールドセカンド」であり、メキシコや日本はサードやフォースだ。保護主義も孤立主義も米国の経済成長や繁栄につながらないと警告する専門家を尻目に、ニューヨーク株式市場は史上初めて2万ドルの大台を突破した。新大統領への支持率としては史上最低の45%で出発したトランプ氏への期待が、逆にいま高まっているのか。

 

バラク・オバマ前米大統領が苦心して議会を説得した保険制度、オバマケアの見直しもすでに指示済みだ。米国を含む12カ国が苦労の末に合意したTPPも前述のように「永久離脱」となった。個々の政策の是非や意義をここで問うつもりはない。ただトランプ的手法は民主主義体制の根幹である議会での合意形成のプロセスを無視したもので、それを米国民が好感し、史上最高値の株価を付けたことの意味と、ポピュリズムに向き合う時代に私たちが立ったことは、はっきり認識しなければならない。

 

自身を大統領職に押し上げたポピュリズムに、トランプ氏はますます依拠するだろう。民衆の意思を吸い上げ多数決で決する民主主義がその究極の地平であるポピュリズム、大衆迎合に到着したことを愚かな選択だとか不合理だと論難することは当たらない。嘆息するばかりでも何も解決されない。

 

英国のEU(欧州連合)離脱、米国大統領選挙に典型的に示された大衆迎合政治が世の中を変え続けるいま、千葉大学法政経学部教授の水島治郎氏の『ポピュリズムとは何か』(中公新書)が参考になる。

 

水島氏は英国と米国、グローバル経済の先頭を走る両国で「虐待されたプロレタリア」の反乱が起きたと、フランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏の言葉を引用する。水島氏はトランプ支持者と、英国のEU離脱支持者の共通性を以下のようにまとめた。


・EU離脱支持者は、英国の地方の荒廃した旧工業地帯や産炭地域の白人労働者層だった。米国のトランプ支持者は「さびついた工業地帯」の白人労働者だった


・国際都市ロンドンに集うグローバルエリートの対極にある英国人と、米国の東、または西海岸の都市部の政治経済エリートや有力メディアから置き去りにされた米国人


・労働者の味方であるはずの政党が、自国の労働者を置き去りにして国際社会にばかり目を向けるとして、両国の人々が既成政党への失望を深めた

 

米英両国に政治勢力の大変化をもたらした人々には、右の点も含めて濃密な幾つもの共通項があった。また現在のポピュリズムは、かつての極右的、反民主的な勢力とは異なり、他の政党同様、民主政治の通常の政治勢力としての地位を確保したと、水島氏はみる。

 

彼らは民主政治を支える価値観に基づきつつ、国民投票等の民主政治の手段を用いて、移民・難民の排除などの「私が最優先」の政策を手にする。デモクラシーのこの「内なる敵」の論理を批判するのは容易ではなく、あくまでも正対すべき新しい傾向だというのが水島氏の結論だ。日本とてポピュリズムの例外ではあり得ないいま、私たちは国民のための政治とは何かということを、より真剣に模索するしかない。

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