闘うコラム大全集

  • 2017.06.08
  • 一般公開

白村江の戦い、歴史が示す日本の気概

『週刊新潮』 2017年6月8日号

日本ルネッサンス 第756回


少し古い本だが、夜久正雄氏の『白村江の戦』(国文研叢書15)が非常に面白い。

 

昭和49(1974)年に出版された同書を、夜久氏が執筆していた最中、日本と中華人民共和国との間に国交が樹立された。中華民国(台湾)との国交断絶を、日本政府が北京で宣言する異常事態を、氏は「これは私には国辱と思へた」と書いている。72年の田中角栄氏らによる対中外交と較べて、「七世紀の日本が情誼にもとづいて百済を援けた白村江の戦は、不幸、敗れはしたが、筋を通した義戦だった」と、夜久氏はいうのだ。


「その結果、日本の独立は承認され、新羅も唐と戦って半島の独立をかちとるに至った」とする白村江の戦いを、なぜいま振りかえるのか。言うまでもない。日本周辺の状況が100年に1度といってよい大きな変化を見せており、中国、朝鮮半島との歴史を、私たちが再び、きっちりと理解し、心に刻んでおくべき時が来たからだ。

 

かつて中華思想を振りかざし、中国は周囲の国々を南蛮東夷西戎北狄などとして支配した。21世紀の現在、彼らは再び、中華大帝国を築こうという野望を隠さない。中華人民共和国の野望は習近平主席の野望と言い換えて差しつかえない。

 

習氏は昨年10月、自らを「党の核心」と位置づけた。毛沢東、鄧小平ら中国の偉大な指導者に、自らを伍したのだ。まず、秋の全国代表大会でその地位を確定するために、党長老を集めて行われる夏の北戴河会議で、自身の威信を認めてほしいと、習氏は願っている。そのために、いまアメリカのトランプ政権と問題を起こす余裕は全くない。習政権が低姿勢を保つゆえんである。

 

アメリカという超大国に対しては低姿勢だが、逆に朝鮮半島は、彼らにとって支配すべき対象以外の何ものでもない。その延長線上に日本がある。日本もまた、中国の視線の中では支配すべき対象なのである。


百済救済のために

 

663年の白村江の戦いを振りかえれば、日本にとってこれが如何に重要な意味を持つかが見えてくる。アメリカのトランプ政権が如何なる意味でも、西側諸国の安定や繁栄につながる価値観の擁護者になり得ないであろう中で、白村江の戦いでわが国が何を得たのか、何を確立したのかを知っておくことが大事である。

 

白村江の戦いは663年、日本が、すでに滅びた百済救済のために立ち上がった戦いである。その前段として、隋の皇帝煬帝(ようだい)の高句麗(こうくり)遠征がある。

 

隋の第2代皇帝煬帝は612年から614年まで毎年、高句麗遠征に大軍を投入した。夜久氏はこう書いている。


「進発基地には涿郡(たくぐん)(河北省)が指定され、全国から一一三万八千の兵があつめられた。山東半島では三〇〇隻の船を急造し、河南・淮南・江南は兵車五万台の供出(きょうしゅつ)の命(めい)をうけた。兵以外の軍役労務者の徴発は二三〇万という数にのぼった。その大半は地理上の関係から山東地区から徴発された」

 

煬帝の治政は残酷極まることで悪名高い。夜久氏は、「多数の労働力をとられた農地に明日の不作荒廃がくるのは必然であった」と書いている。


「山東東萊(とうらい)の海辺で行なわれた造船工人は悲惨のきわみであった。昼夜兼行の水中作業で腰から下が腐爛(ふらん)して蛆(うじ)が生じ、一〇人に三、四人も死んでいった。陸上運輸労務者もこれにおとらず悲惨であった。旧暦五月六月の炎暑の輸送に休養も与えられず、人も牛馬もつぎつぎに路上にたおれた。『死者相枕(あいまくら)し、臭穢(しゅうあい)路にみつ』と書かれている」

 

このようにして612年、煬帝の高句麗親征軍は出発した。100万の大軍の進行はその倍以上の輜重(しちょう)部隊(糧食、被服、武器弾薬などの軍需品を運ぶ部隊)を伴い、行軍の列は長さ1000里を越えたという。1里は約400㍍として、隊列は400㌔にも延びていたということだ。白髪三千丈の中国であるから話半分としても200㌔の長さである。

 

現在のように、命令伝達の手段が発達している時代ではない。部隊命令は当然末端までは届かない。そこで途中で行方不明になる部隊、行き先を間違える部隊が続出した。高句麗軍はピョンヤン近くまで、わざと敵を侵入させ、隋軍の退路を断って四方から襲ったと書いている。こうしてピョンヤンに侵攻した部隊、30万5000の兵は、引き揚げたときわずか2700に減っていたという。

 

この大失敗にも懲りず、隋は613年、614年と続けて討伐を企てた。しかし、軍は飢餓と疫病に見舞われ、煬帝の力は急速に衰えた。

 

隋の朝鮮遠征を夜久氏は「文字が出来てからこのかた、今にいたるまで、宇宙崩離(ほうり)し、生霊塗炭、身を喪ひ国を滅す、未だかくのごとく甚しきものあらざるなり」と描いた。


中国と対等に戦い

 

隋はこうして滅び、唐の高祖が台頭して中国を治めた。唐の2代皇帝、太宗は文字通り、大唐帝国を築き上げた。

 

そして再び、中国(唐)は朝鮮半島を攻めるのである。日本は前述のように百済救援におもむき、唐と戦い敗北する。敗北はしたが、日本はその後、唐・新羅連合軍の日本侵攻に備えて国内の体制固めを進めた。国防の気概を強める日本の姿を見て、最も刺激を受けたのが前述の新羅だった。彼らが如何に日本の在り様に発奮させられたかは、唐と共に日本に迫るべきときに、逆に唐に反攻したことからも明らかだ。新羅はこのとき、日本を蔑称の「倭国」と記さず、「日本」と記したのである。夜久氏はこれを「七世紀後半の東アジアの大事件」と形容した。

 

日本は中国と対等に戦い、敗れても尚、「和を請わず、自ら防備を厳にして三十余年間唐と対峙し続けた」「我々今日の日本人は当時の日本人の剛毅なる気魄を讃嘆すると共に、自ら顧みて愧(は)ずる所なきを得ません」という滝川政次郎氏の言葉を夜久氏は引用している。

 

日本が思い出すべきは、このときの日本の、国家としての矜恃であろう。敗れても独立国家としての気概を保ち続け、朝鮮半島にも大きな影響を及ぼしたのが、日本だった。

 

中国が再び、強大な力を有し、時代に逆行する中華大帝国の再来を目指し、周辺国への圧力を強めるいま、日本は、歴史を振りかえり、独立国として、先人たちがどのような誇りと勇気を持ち続けたかを思い出さなければならない。

 

トランプ政権はいま、先進国首脳会議(G7)に中国とロシアを入れる考えさえ提示している。世界の秩序は基盤が崩れ、大きくかわろうとしているのである。このときに当たって、わが国日本が歴史から学べることは多いはずだ。

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