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闘うコラム大全集

2017.08.03号
戦略も価値観も失くした米政権

『週刊新潮』 2017年8月3日号

日本ルネッサンス 第764回


アメリカ共和党のジョン・マケイン上院議員が7月19日、脳腫瘍を患っていると発表した。同情報をアメリカ各紙は大きく報じ続けている。その詳細な報道振りから、改めてマケイン氏の政治的影響力の程を認識した。


氏はベトナム戦争で負傷し、北ベトナムの捕虜として5年間拘束された。解放の機会は幾度かあったが、同僚の軍人たちを残しての解放には応じられないとして最後まで頑張り通した。このような経歴に加えて、共和党員でありながら、共和党に対してさえも言うべきことは言う正論の人としての姿勢が、党派を超えて高く評価されている。


マケイン氏が6月18日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙のインタビューにこう語っている。


「もし我々が人権についての主張を放棄すれば、我々は歴史において興亡を繰り返す(そしてやがて滅びていく)その辺の国と何ら変わらない」


「人間を変えることはできない。人間は自由を求める存在である。世界の人々はロールモデルとして、精神的支柱として、我々を見ている」


氏が念頭に置いているのはドナルド・トランプ大統領である。トランプ氏は最初の外遊先に中東を選んだ。その中で、女性の人権について非常に問題のある国だとされているサウジアラビアでの会談で、人権問題に全く触れなかった。その点に関して、マケイン氏はこう述べた。


「アメリカはユニークな国家だ。我々は失敗や間違いも犯したが、人々のために立ち上がった。信ずるところに従って立ち上がらなければ、我々は他の国と同じになる」


アメリカのメディアはこれをトランプ氏への「痛烈な批判」と報じた。だが、トランプ氏はその後も各国の人権状況には殆ど無頓着であり続けている。中国共産党政権下で拘束されていた劉暁波氏が死去した7月13日、トランプ氏はパリでマクロン仏大統領と首脳会談を行った。ここでもトランプ氏には人権という概念が全く欠落していると思わせる発言があった。


プーチン大統領を称賛


共同記者会見で中国について問われ、トランプ氏は習近平国家主席を「偉大な指導者だ。才能に溢れた好人物だ」と称賛したのである。習政権によって逮捕、拘留され、まさに死に追いやられた民主化運動の精神的支柱、劉暁波氏には、一言も触れなかったのである。


このような姿勢への批判が高まり、ホワイトハウスは5時間後、大統領のコメントを発信する羽目に陥った。だが、それはごく通常の「お悔やみ」の言葉にすぎず、抑圧された人々の自由と権利のために、アメリカの影響力を最大限行使する気概は全く見てとれなかった。


マケイン氏が指摘するように、アメリカを大国たらしめ、国際社会の中心軸たらしめた要因は、単に世界一の軍事力と経済力だけではない。「アメリカが己の信条に忠実に、人類普遍の価値観を守ろうとし続けたから」である。


アメリカの歴史を振りかえると、大国への道程のひとつが1861年から4年間続いた南北戦争だといえる。その戦いの軸のひとつは、黒人奴隷の解放という、人権、普遍的価値観を巡る信念だった。北部諸州の勝利はアメリカが普遍的価値観に目覚め始めたことを意味する。そのときから約150年、さらに第一次世界大戦から約100年、アメリカは経済、軍事の双方において大英帝国を凌駕し、世界最強国への階段を駆け上がり続けた。


第二次世界大戦直後には、ギリシャ及びトルコ防衛、つまり地中海を旧ソ連の脅威から守るために北大西洋条約機構(NATO)を創設し、第二次世界大戦で疲弊した欧州及びアジアの再生を促すべくマーシャル・プランを実施した。


アメリカは「自由世界」の盟主として、民主主義、人間の自由、弱者救済など、誰もが賛成せざるを得ない普遍的価値観を基盤にして共産主義、社会主義陣営と戦った。


アメリカの政策を具体的に見れば、たとえば対日占領政策に関しては、日本人としては大いなる不満がある。欺瞞も指摘しなければならない。それでも、当時、世界が直面していたソビエトの共産主義・社会主義に対峙すべく、あらゆる力をもって備えようとしたアメリカの戦略は正しかったと思う。


アメリカを「偉大な国」の地位に押し上げた要因は、この大戦略を持っていたこと、人類普遍の価値観を基盤としたことの二つであろう。


しかしいま、戦略、価値観共に揺らいでいる。戦略が欠落している結果、トランプ氏はNATOを「時代遅れ」と呼び、年来アメリカの敵と位置づけられてきた独裁専制政治を実践するロシアのプーチン大統領を称賛するのである。


眼前の利益


7月24日付の「タイム」誌の表紙を飾ったのはトランプ大統領の長男のジュニア氏だった。氏を真正面からとらえた顔写真の上に、氏が公表したeメールの文面を重ねた表紙で、「Red Handed」(赤い手に捕われて)という鮮やかな黄色文字で書かれた特集タイトルが目を引いた。


大統領選挙の最中、クリントン氏に不利な情報、従ってトランプ氏に有利な情報を提供できると称するロシア側の連絡を受けて、ジュニア氏は、その人物にトランプタワーで会った。ジュニア氏は、「会ってみたら何も役立つ情報はなかった」「一刻も早く面談を打ち切りたいと思った」と弁明するが、タイム誌が指摘するまでもなく、大統領選挙に勝つために、ロシアと力を合わせようとしたこと自体が問題である。


ロシアの協力を得て目的を達成しようと考えたこと、実際にそのような機会が申し入れられたとき、それに乗ろうとしたこと自体が問題だというのは常識だが、トランプ氏も、氏の身内も、この点を明確に認識しているとは思えない。


タイム誌は、「結局大金持ちを(大統領に)選ぶということはこういうことなのだ」と書いたが、それは誰が敵か誰が味方かを判断できず、眼前の利益だけを追い求める人物を指導者に戴く危険を指してもいるだろう。


トランプ氏を大統領に据えて漂流しかねない国に、日本は無二の同盟国として大きく依存している。国家としての足場の危うさを感じざるを得ない。


そうしたいま、わが国は加計学園問題に時間を費やしている。天下りの既得権益を侵された官僚の、安倍晋三首相に対する挑戦であり、憲法改正に向かいつつある首相の動きを阻止したい大方のメディアの挑戦であるのが、加計学園問題の本質だ。不条理な反安倍の猛烈な逆風の中でも、私たちは、厳しい世界情勢を乗り切るために安倍首相の下で憲法改正を実現するしかないと思う。日本にこそ、戦略と価値観の軸が必要なのだ。そのことになぜ気づかないのかと思う。



櫻井よしこ


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