闘うコラム大全集

  • 2017.09.07
  • 一般公開

崩壊へ突き進む北朝鮮と韓国

『週刊新潮』 2017年9月7日号

日本ルネッサンス 第768回


9月3日正午すぎ、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水素爆弾の実験を行った。「朝鮮中央テレビ」は国際社会の怒りを尻目に、「実験は完全に成功した」と報じた。


核実験という最大のタブーに踏み込んだことで、米朝関係もアジア情勢も全く新たな次元に突入した。最終的に北朝鮮のみならず韓国のレジームチェンジにまで連鎖していく可能性がある。


シンクタンク『国家基本問題研究所』の西岡力氏がソウルで入手した北朝鮮の内部情報は、金正恩朝鮮労働党委員長が、トランプ大統領を相手に何を目標として、どこまで戦うつもりなのかを示唆するものとして興味深い。西岡氏が語る。


「金正恩が7月か8月に、人民軍作戦部に『米国に最大限の圧力をかけよ。核実験もせよ。ミサイルももっと発射せよ。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も撃て。SLBMを搭載できる大型潜水艦(まだ原子力潜水艦の製造技術はないので、原潜ではない)を造れ。100発同時に撃てば米国も迎撃できない。米国に軍事的圧力を徹底してかけ、交渉の場に引き出せ』と指示したのです」


金正恩氏は人民軍作戦部に、目的はアメリカと談判し、北朝鮮を核保有国と認めさせ、平和協定を結ぶことだと語ったそうだ。


同情報をもたらした人物は、北朝鮮が100キロトン級のこれまでにない威力の、小型化された核爆弾の実験を行う準備を整えていたこと、実験に成功すれば核弾頭の小型化が完成することを、5月の段階で述べていた。今回のICBM搭載用の核爆弾の威力は、わが国の防衛省の推定で70キロトン、5月の情報はほぼ信頼できるものだった。今回の金氏の発言とされる情報も信頼できるのではないか。


だが、それにしても、トランプ大統領が交渉に応じて平和協定を結ぶなど、あり得ない。平和協定は、不可侵条約でもある。北朝鮮の核をそのままにして、アメリカが朝鮮半島から撤退することを意味する。それ自体、明らかなアメリカの敗北であり、世界秩序の崩壊につながる。アジア諸国が無秩序の世界に放り出されれば、どうなるか。その内の何か国かは、自衛のための核武装に走りかねないだろう。


斬首作戦への恐怖


そのような道をアメリカが選ぶ可能性はゼロだ。にも拘わらず、なぜ、金氏は前述の指示を出したのか。なぜ矢継ぎ早にミサイルや、核の実験に走っているのか。「統一日報」論説主幹の洪熒(ホンヒョン)氏はそれを金氏の焦りと見る。


「彼は追い込まれていると思います。世界中で彼の側に立ってくれる指導者はロシアのプーチン大統領くらいでしょう。それもたいした助けにはなりません。日本が入国を禁止した万景峰号を、ロシアは入国させましたが、入港料が払えず入港できなくなりました。金正恩の懐(ふところ)は相当苦しいのでしょう。資金が枯渇しかかっているのかもしれません。このところずっと、各国の在外公館に上納金を納めるようにとの指示が飛んでいます」


麻薬密売をはじめ、あらゆる工作をして外貨を獲得する機関、「39号室」の資金が底をつきつつあるということは、金氏にとって支配力の源泉を失うということだ。この上なく不安であろう。


南北朝鮮の現状を冷静に分析すれば、長期的には北朝鮮に有利に働く状況であるのが容易に見てとれる。なんといっても文在寅大統領は親北朝鮮だ。文大統領は韓国国内に浸透している北朝鮮工作員を取り締まってきた国家情報院の事実上の解体に乗り出している。国家情報院が解体され、捜査権を縮小されれば、北朝鮮の工作員は自由に動ける。韓国は自ずと北朝鮮の手に落ちる。それは決して遠い未来のことではないだろう。それを待てないのは、金氏が持ち堪えられないほどの切迫した状況下にあるからだろう。


資金枯渇に加えて考えられるのは「斬首作戦」への恐怖心である。彼の父親の金正日氏もアメリカが本気で怒って攻撃を仕掛けてくると悟ったとき、妥協した。西岡氏の説明だ。


「1994年6月に、北朝鮮がIAEA(国際原子力機関)の査察官の立会いなしに寧辺の黒鉛減速炉からプルトニウムの抽出につながる燃料棒取り出しを強行したことなどで、彼らが核の開発を目指していると、当時のクリントン大統領は確信し、北朝鮮爆撃を決定したのです。かなりの犠牲者が出ても仕方がない、金正日を殺害するという決意です。アメリカの決意に金正日は引っ込み、金日成が前面に出てきました。ジミー・カーター元大統領と交渉して、結局アメリカの意向に従うことにしたのです」


“北朝鮮王朝”の面々は、他人の命は平然と奪っても自分たちの命が狙われたり、運命が暗転させられたりすることは極度に恐れる。このところの金氏の性急かつ攻撃的な姿勢は、斬首作戦への氏の恐怖心の表われであろう。


レジームチェンジ


西岡氏は金正恩体制は末期に近く逃亡者が絶えないという。


「北朝鮮の労働党や国家保衛省(秘密警察)の幹部らから、韓国側に毎日といってよいほど頻繁に連絡があるのです。脱北して韓国に亡命した場合、自分の身柄は守ってもらえるのか、処遇はどうかなど、具体的な問い合わせだそうです。皮肉なのは韓国の文政権は北朝鮮に対する工作部門を縮小しているのです」


朴槿恵前大統領は北朝鮮の体制転覆を考えて、北朝鮮に向け多くの情報を発信し、亡命を勧めた。持参した資金は全て当人のものとして認め、韓国政府は没収しないなどと呼びかけた。これで少なからぬ政府高官や軍幹部が亡命したが、文大統領はその種の措置を縮小しているのだ。だが対照的に北朝鮮からの問い合わせは増え続けている。それだけ北朝鮮情勢に彼らが不安を感じているということだろう。


金氏は誰も支持しない自分のためだけの闘いで緊張を高める。北朝鮮の崩壊を防ぎたいと考えても金氏を守るという発想は、中国を含めておよそどの国にもない。


レジームチェンジは避けられないだろう。そのとき、文政権も崩壊の道を辿り始める可能性が高い。北朝鮮の崩壊に伴って多くの情報が流出すれば、悪事が露見して自殺に追い込まれた盧武鉉元大統領のように、文大統領の北朝鮮との暗い関わりも白日の下に晒されるからだ。


南北ともにレジームチェンジの可能性がある今、わが国の課題はまず、拉致被害者の救出だ。朝鮮半島の統一を自由主義の旗の下に成し遂げることにも貢献すべきだ。そのために国際社会の連帯を実現し、先頭に立たなければならない。アメリカとの緊密な連携を保ち、政治的にも軍事的にも従来にない貢献をして、初めてそれは可能になる。現実に軸足を置いた議論、役に立たない専守防衛の考えから脱し、敵基地攻撃を含めて積極策を採用することが必要だ。

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