闘うコラム大全集

  • 2012.12.27
  • 一般公開

新政権は拉致問題解決に総力結集を

『週刊新潮』 2012年12月27日号
日本ルネッサンス 第540回


拉致被害者の横田めぐみさんは「1994年に死亡した」と北朝鮮は言い続けるが、実は2007年当時生存していた。

拉致問題解決を目指す日本政府、家族会、救う会などは全て、拉致被害者全員の生存を確信して活動中だが、いままためぐみさんの生存情報が伝えられた。その証言が報告されたのは12月14日、東京で行われた国際セミナー、「北朝鮮・拉致被害者最新情報と救出戦略」でのことだった。証言者の李英秀氏(仮名)は元朝鮮労働党作戦部資材調達係で07年初頭に脱北、現在韓国に住む。

証言内容に入る前に、李氏の経歴を見てみよう。氏は色が浅黒く小柄である。身元が判明しないよう、サングラス姿で会場に現れた。65年に北朝鮮の慈江道で、北朝鮮の捕虜となっていた韓国軍人の息子として生まれた。慈江道は鴨緑江をはさんで中国の向かい側にある道(県)のひとつだ。父は炭鉱での重労働を経て06年に死亡した。

李氏は80年に朝鮮人民軍に入隊した。韓国軍人の家族は、「出身成分」が悪いとされ、本来なら軍に入れない。氏が出来たのは、金日成が、成分の悪い家族からは1人を入隊させて革命思想を徹底させよと指示したからだという。

李氏は第2軍団66旅団で11年間服務した。成分の悪さを返上すべく全力で任務を全うし評価も高かった。しかし、除隊時には父と同じ炭鉱労働を命じられた。憤激した氏は「苦しい11年の軍務の後に炭鉱送りは酷すぎる。金正日の息子が炭鉱で範を示すべきだ」と発言した。金正日批判という驚くべき発言に及んだため、氏は政治犯収容所の中で最も厳しいといわれる耀徳(ヨドク)収容所に送られた。しかし、取り調べで殴られることはなかった。恐らく軍での働き振りを知っていた上司らは氏にある程度同情していたと思われる。収容所では家鴨の世話係を命じられた。91年のことだった。

日本人4人の写真

耀徳収容所には朴成哲(パクソンチョル)副主席の三男、李鐘玉(リジョンオク)副主席の息子、張成沢(チャンソンテク)の従姉妹の夫、金英柱(キムヨンジュ)副主席の義理の弟の一家、金達玄(キムダルヒョン)副首相の遠縁で金日成の母方の親戚など驚くべき政府高官や関係者らが収容されていた。ちなみに張成沢は金正恩の叔母で金正日の実妹、金敬姫(キムギョンヒ)の夫、金英柱は金日成の弟である。

「救う会」会長の西岡力氏が説明した。

「耀徳収容所は革命化区域と完全統制区域に分かれていて、前者は革命思想を徹底させるために一定期間入れられた後、出所は可能です。後者は入ったら二度と出てこられないといわれる区域です。李氏は革命化区域に送られ、そこで高位層の人々とのコネを作ったわけです」

李氏は収容所の保衛指導員が家鴨の横流しを求めるのに応じる内に、密接な関係を築いていった。やがて保衛部と組んで、前述の有力者らに近づき、その家族や知人との連絡係を務める裏仕事を始めた。収容所から金敬姫などの有力者に手紙が届くのに成功する度に、協力者の李氏らは5,000ドルを受け取ったという。

氏は94年に収容所を出たが、秘密の裏仕事は継続した。その手口は、たとえば耀徳収容所近くの墓に収容所勤務の保衛部の仲間が墓参りと称して訪れ、所定の場所に手紙を隠しておく。それを李氏がバイクで回収して届けるのだ。保衛部と組んでいるために検問があってもスリ抜けられたという。

96年、氏は党の作戦部資材調達係の職に就いた。上司の幹部が肝硬変に罹り、その息子に頼まれた李氏は息子と2人で度々地方まで薬草を求めて大変な旅をした。幹部が死亡すると、息子は父の跡を継ぐ形で作戦部指導員となった。李氏はこの息子から情報を入手、そのひとつが冒頭で紹介しためぐみさんの生存情報だ。

めぐみさんについては他にも情報がある。04年8月13日、金正日が愛した金正恩氏の実母、高英姫が死亡した。その直後、李氏は先の息子から、高英姫がよく日本語を話し、幼くして拉致された日本女性に関心を抱き、しばしば会って日本語で話していたと聞いた。

06年12月頃、脱北ブローカーに韓国行きを勧められ、日本人拉致被害者の情報はカネになるといわれた李氏は息子に接触した。彼は、資料は持ち出せないが10日待てと言った。10日後、日本人4人の証明書用の写真が横一列にコピーされ、裏面に各自の名前を書いたものが渡された。女性3人と男性1人である。

めぐみさんは特別管理下にあり、彼女の資料は入手出来ないと言われたそうだ。但し、めぐみさんは死亡したとして、偽の遺骨を出した後、当局がめぐみさんの名前を「ハン・スネに変えた」と聞いた。

金正恩体制の綻び

西岡氏が語る。

「国家保衛部作成の平壌市民210万人分の資料が2年程前に流出しました。救う会は10年8月にそれを入手し、日本人68人分の情報を確認しました。その中にテソン区域に住み、夫が金英男(キムヨンナム)、娘が金恩慶(キムウンギョン)という家族構成で1964年10月5日生まれの女性の情報がありました。しかし、娘が金日成総合大学の学生という点も、家族構成も全てめぐみさんと一致する一方で、めぐみさんの朝鮮名、姜美淑(カンミンスク)ではなく、ハン・ソネという名前が書かれていました。李氏はハン・スネと発音していますが、ハン・ソネのことだと思われ、氏の証言の信頼性を裏づけていると考えてよいでしょう」

李氏は耀徳収容所で日本人女性の姿も見ている。90年代前半時点でその人はすでに収容所に10年もいたという。李氏が語った。

「10年も耀徳にいると、政府高官でもなければ、服もボロボロ、布団もない。冬には零下20度にもなる。私が94年5月に収容所を出たとき、女性はまだそこにいました」

李氏が入手して換金しようとした日本人4人のコピー写真はブローカーに騙しとられて、李氏は示し得ていない。しかし、金正恩体制の綻びが顕著になりつつあるいま、多くの情報が漏出し始めている。李氏同様脱北者で、「自由北朝鮮放送」代表の金聖玟(キムソンミン)氏が指摘した。

「去年12月、金正日の棺を乗せた霊柩車に正恩以下8人の男が付き添いました。内4人がこの1年間に粛清されています。金正恩体制の1年は粛清の1年でした。体制の綻びは更に拡大していくと思います」

北朝鮮の現体制が弱体化する過程で日朝交渉が再開されるとき、それを機に日本側は拉致された日本人や日本人妻などの人数や居住場所を把握して交渉に臨み、全員救出を実現しなければならない。一大臣または一政権の手柄という次元を超えて交渉窓口を一本化し、日本国の総力をあげて解決に取り組むときだ。

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