闘うコラム大全集

  • 2013.06.27
  • 一般公開

福島復興への真の支援とは

『週刊新潮』 2013年6月27日号
日本ルネッサンス 第563回


3・11の原発事故でいまも古里に戻れない福島県浪江町の人々1万4,000人が、町主導で東京電力に月額1人当たり35万円の補償を求めることが明らかになった。「年齢、性別、健康状態、生活環境、避難の経過」などに関わりなく、町民が受けた精神的苦痛に対して一律35万円の要求である。

いま、双葉郡8町村の避難生活者には、広野町と川内村などを除いて原則、東京電力から事故前の給与と同額の補償金が支払われる。加えて精神的苦痛への慰謝料として1人月額10万円が支給されている。

たとえば震災前に月収30万円だった夫が妻と子供2人と暮らす場合、30万円プラス40万円で70万円が支給されている。新たな要求に基づけば月収分の30万円プラス慰謝料35万円×4人分で140万円、計170万円が毎月支払われる計算だ。ここには財物損害、いわゆる失われた資産などの補償は一切含まれない。
福島県各地を訪れる度、被災者の暮しが根本的に破壊されている現実の厳しさがよく解る。だが、右のニュースには大いなる戸惑いを感じざるを得ない。被災地における生活再建の方策は、民主党政権下で根本的に間違った形で始められた。今回の申し立てはその間違った構図をさらに加速させるように思えてならない。

福島の人々に経済的支援が必要なのは言うまでもない。だが、支援は時間の経過と共に、無条件の支援から、被災者を勇気づけ、被災者が働き、自らの力を軸に生活を立て直していくことを促す形へと進展していくことが大事である。

ところが福島では避難生活を続ける人々には支援が与えられてきたが、古里に戻った人や戻ろうとする人々には殆んど支援がないのである。結果、何が起きたか。会社経営者が仕事再開を呼びかけても社員が戻らない事例が続出した。自宅での元の給与生活に戻れば、収入は給与のみとなり、1人10万円の手当はなくなる。避難先の仮住居でも、働かずにより多くの現金収入を得るほうがよいと考える人は少なくないのである。これが35万円に増額されればどういう現象が起きるのだろうか。

訴えたい3点

支援金や慰謝料が、元の暮しを取り戻し、会社や古里再建の一助となるのではなく、東電支給のおカネに人々をより深く依存させる結果に、すでになっているのではないか。被災地の人々と語り合うとき、民主党政権がおカネの出させ方を間違えたという批判が出てくるゆえんである。

政府は何をなすべきか。慰謝料を払い避難生活を続行させる非建設的な支援ではなく、各人が出来るだけ早く古里に戻り、仕事を始めるように促すことが必要だ。会社再建を目指す経営者への資金融資や壊れた自宅に戻った人への生活支援金など、避難先の仮住居を終了させる前向きの支援こそ進めるべきだ。

放射線量が高いために当面帰宅困難な地域の人々には、政府主導で新しい町づくりの大計画が必要だ。これはチェルノブイリの事故後2年も過ぎない内にウクライナ政府がやり遂げた。日本にやれないはずはない。ウクライナ政府による資料提供を民主党政権、菅直人元首相らは参考にもしていない。代わりに東電に責任を負わせ、慰謝料を払わせ続けて今日に至る。東電の責任は無論、非常に大きいが、政府の無策がより大きな被害を生み出している。民主党のこの無策を自民党はなぜ、乗り越えられないのか。猛省すべきである。

こういう状況下、浪江町が前述の慰謝料の増額を求め、原子力損害賠償紛争解決センターに和解仲介手続きを申し立てた。馬場有町長が訴えたい気持を3点にまとめて説明した。

・3・11発生時、浪江町には東電から全く情報連絡がなかった。町民の生死に関わる重要情報を東電が浪江町に提供も連絡もしなかった点について、東電はまだ謝罪していない。従って謝ってほしい。

・除染を徹底させ、浪江町の放射線量を1ミリシーベルトに下げてほしい。

・現在の補償、1人当たり月額10万円は交通事故の自賠責保険の1日4,200円とほぼ同額である。交通事故とは異なり、放射能被害は日に日につのる。従って1人毎月35万円に引き上げてほしい。

右の3点を念頭に論理構成したとして、馬場氏は次のように語った。

「3・11前は皆平穏に暮らしていました。事故後、浪江町の7,700世帯は離散し、1万1,000世帯になり、1,700人いた小中学生は699の学校に転校した。

660あった商工会加盟の事業者はいまたったの200。皆、バラバラになったのです。田畑には、これが生えると一からの土づくりが必要といわれる柳が生えました。こうした状況を全て3・11以前に戻してほしい。それが出来ない場合、経済的損害は1人月額35万円だと、私たちは考えたのです」

責任を問われるべきは政府

建設関係の会社を経営する町民の男性は、自身は賛同していないが、町の主張も解ると語った。

「避難が必要になったとき、町長判断で原発から一番遠く、一定の広さがある浪江町山間部の津島に我々は逃げたのです。ところがそこは風向きの関係で大量の放射性物質が降り落ちた地域でした。そのことはSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)で読めていたにも拘わらず、我々には知らされず、結果私たちは津島で数日過ごしました。なぜ、情報はこなかったのか。我々の不信の根源のひとつです」

浪江町民の当時の絶望的な気持や強いストレスはどれほどのものだったかと、心から同情する。しかし、町の主張には矛盾も目立つ。そのひとつが賠償を求める相手である。東電の責任の重さは幾度も指摘すべきだが、本当に責任を問われるべきは政府であろう。

SPEEDIの情報を出さなかったのは民主党政権だ。1ミリシーベルトという非科学的な基準を示し、帰郷を困難にしたのも民主党政権だからだ。

浪江町と同じく全村民が避難したが、約40%、1,300人が戻った川内村の遠藤雄幸村長が懸念する。

「馬場町長も心配していましたが、1人月額35万円という補償要求が独り歩きしています。要求は行き過ぎだと見られていて、国民一般の理解を得るのは難しいと感じます。一緒に訴えようと、私たちにも声がかかりました。しかし川内村をはじめ他の町村は同調しないと思います。以前から、政府や東電の支援金は住民の依存心を助長する方向で支給されてきたと私は言ってきました。浪江町の請求は人々の自力更生をもっと難しくするのではないかと懸念しています」

浪江町の人々に深く心を寄せながらも、今回の慰謝料請求が浪江町の人々の心をもっと後ろ向きにするのではないかと、私は懸念するものだ。

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