闘うコラム大全集

  • 2015.01.29
  • 一般公開

誤解に満ちた「米議会調査局」報告

『週刊新潮』 2015年1月29日号

日本ルネッサンス 第640回


日本の情報発信力が問われている中、1月13日に米議会調査局が日米関係に関する報告書を発表した。日米関係の重要性を強調してはいるが、驚くべきは、慰安婦問題、靖国参拝問題をはじめとするいわゆる歴史問題に関して、全面的に中韓両国の側に立った主張が書き込まれており、日本の情報発信戦略が如何に機能していないかが見てとれる。


報告書はA4で33頁、冒頭の総論はまず、アメリカにとっての日本の重要性が安全保障及び環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の両面で強調されている。政権を奪還し、安定した基盤に立って経済再生を進め日米同盟強化に貢献する安倍政権を、オバマ政権が積極的に支持、と明記された。安倍政権が進めてきた政策と実績への前向きの評価である。


しかし、続く段落で、「安倍は強い国粋主義思想で知られる」との批判に転じ、次のように書いている。

「第2次世界大戦時に売春を強制されたいわゆる『慰安婦』問題、A級戦犯を含む日本の戦死者を祀る靖国神社への参拝、日本海及び東シナ海の領土争いに関する声明など、安倍の取り組みすべてが同地域で進行する緊張につながっている」

「多くの米識者の見るところでは、安倍は同盟関係に肯定的、否定的双方の要素をもたらす。時には同盟関係を強化し、時には地域の安全保障環境を乱しかねない歴史に関する敵意を再生している」


議会調査局の報告書をまとめた5人の専門家は、安倍政権の実績としての政策を分析し、評価する理性を持ちながら、他方で安倍首相の心の内に何かしらおどろおどろしい思考があるとでもいうような、偏見や非理性的な感情に引き摺られているのである。結果として、安倍首相の実績を賞賛し、そのすぐ後で首相の心を忖度してはけなすということを繰り返す。その繰り返しは「日本の外交政策と日米関係」の項でも顕著である。


国粋主義者の閣僚?


日米同盟を強化し、米軍再編の行き詰りを打破し、東アジアにおける日本の外交、安全保障上のプレゼンスを高め、TPP交渉にも参加した安倍政権への賞賛のすぐ後に「日本と周辺諸国、とりわけ中国と韓国に対して歴史問題で反日を激化させる行動をとったことで、安倍とその政権は米国の国益を危険に晒した可能性がある」という具合だ。


中国との問題とは、尖閣諸島への中国船の度重なる侵入であり、ハルビン駅に安重根の記念館を建てたことであり、「40万人説」にまで発展した「南京大虐殺」の捏造であり、米国を舞台にした反日歴史戦争であろう。


ちなみに、アメリカ国務省は首相の靖国参拝に「失望」したが、中国がハルビンに安重根記念館を建てたことには無反応だった。安はわが国首相を暗殺したテロリストだ。朝鮮出身のテロリストを中国政府が記念館を建てて顕彰すること自体がおかしい。なぜ、アメリカはここでこそ、失望したの一言を言えないのかと、私は疑問に思う。


一方、韓国との問題といえば慰安婦問題であり、竹島問題であろう。


これらの問題は、安倍政権が「反日を激化させる行動をとった」結果ではなく、むしろ中国や韓国が仕掛けたと、日本側は感じている。


日本と両国の関係が良好でないのも、安倍首相の発言や行動が直接の理由というより、両国は安倍政権誕生のときから、首脳会談にも応じなかった。それでも報告書は、これらすべてが安倍首相と日本の責任であるかのように分析している。

「安倍と歴史問題」の項目には、公正さを欠く批判の言葉が連ねられている。日中、日韓関係には歴史問題がつきものだとして、「20世紀初頭の日本による占領、戦争行為に対する十分な償いも満足な賠償も行われていないという議論がある」というのだ。


日本は韓国との13年にわたる長い交渉を経て、1965年6月に日韓基本条約を締結した。60年代でまだ貧しかった日本は、18億ドルの外貨準備高から、5億ドルを韓国に渡した。中国には日中国交回復後の70年代以降今日まで、3.6兆円を超えるODAを提供してきた。そうした日本の努力に言及はなく、報告書は次のように続いている。

「安倍が閣僚に選んだ人物にはナショナリストを標榜する人物、ウルトラナショナリスト(国粋主義者)、大日本帝国の栄光を讃えるような意見を標榜する人物がいる」


安倍政権の国粋主義者の閣僚とは一体誰のことか。大日本帝国時代の栄光を讃える閣僚とは誰か。私の脳裏にはそんな人物は浮かんでこないが、自信をもってこのように議会に報告した米国の専門家に教えてほしいものだ。


「ウィークジャパン派」


アメリカが日本を理解しないのはなぜか。日本側がきちんと情報発信を行ってこなかったからだ。たとえば報告書には、「在米韓国人活動家勢力のおかげで慰安婦問題がアメリカ人の意識に上った(gained visibility)」というくだりがある。慰安婦問題など全く知らなかったアメリカ人に、「強制連行」「性奴隷」「10代の少女たち」「20万人」「大半の女性を殺害」などの捏造情報を織り込んで慰安婦問題を知らせたのが在米韓国人活動家であり、それを応援する中国人勢力だった。


私たちにとっては心外なこうした情報が、米国議会への報告書をまとめる専門家たちに聞き入れられたということは、皮肉な言い方だが、アメリカ人は聞く耳を持つということではないか。


慰安婦、靖国参拝、さらに南京事件についても情報を整理し論理だててきちんと説明すれば、彼らが聞く耳を持たないということはないのである。日本側の情報発信が如何に重要かということだ。


それでも、日本の前に立ち塞がる壁もある。それは、安倍首相と安倍政権を「国粋主義」や「歴史修正主義」という言葉で非難するアメリカ人の心の中に、日本を弱い国にしておきたいとの心理が働いているのではないかという点だ。日本占領時に、「日本に武力を持たせず未来永劫弱小国にしておきたい」と考えたのが、民政局を中心にした「ウィークジャパン派」である。対して、一定期間後に、日本は独立国として応分の力を回復すべきだと考えた「ストロングジャパン派」も存在した。首相の憲法改正に関する発言や靖国神社参拝への激しい反発は、ウィークジャパン派の思想と相通ずるものだ。


日本を真の意味での自主独立の国にすることを是としない考え方がアメリカに今も根強く存在することを承知して、私たちは自主独立の気概を持つ日本こそが、よりよい形でアメリカの戦略的パートナーたり得ること、自由、民主主義、法治という人類普遍の価値観にもよりよく貢献できることを、伝えていくべきだ。

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