闘うコラム大全集

  • 2015.05.28
  • 一般公開

オバマ大統領の無策で南沙に真の危機

『週刊新潮』 2015年5月28日号

日本ルネッサンス 第656号


米中関係はいま、大きな山場にさしかかっている。南シナ海を中国が目指す中華帝国の核心的利益の具体例とするのか、それとも、アメリカや日本が貢献する自由な海洋にとどめるのかのせめぎ合いが続いている。


5月初旬、アメリカ海軍の艦船などを中国が南シナ海に築いた人工島の12海里以内に航行させることを検討するよう指示した。オバマ大統領が最終的に許可を与えれば、中国に対する大きな抑止力となるが、同大統領のこれまでの対中外交を見れば、疑問を抱かざるを得ない。


5月16日、国務長官、ジョン・ケリー氏は中国を訪れ、その日の内に王毅外相と会談した。会談では、王氏が強気で押しまくり、ケリー氏が受け身に終始したといってよいだろう。


ケリー長官は、会談で北朝鮮問題、イランの核問題、気候変動問題などと共に東シナ海及び南シナ海問題を提起したと報じられた。南シナ海で中国が進める埋め立ての規模とペースについて、ケリー長官がアメリカ政府の懸念を伝え、中国に他国との協調と平和的な問題解決を迫ったとき、王外相はこれを一蹴したというのである。


両氏の合同記者会見でも、そのやりとりを想像させる場面があった。まず王外相が、米中は新型大国関係を築き、同関係を実質的に成長させてきたと強調した。


中国がアメリカに繰り返し提言してきた新型大国関係は、核心的利益の相互尊重を特徴とする。中国はチベット、ウイグル、台湾、南シナ海、尖閣諸島を核心的利益としている。アメリカが受け入れることの出来ない要求を柱とする新型大国関係を、どうしてもアメリカに飲ませようという強気の姿勢である。


新型大国関係に触れたあと、王外相は、反ファシスト勢力との戦いの終焉から70年に当たる今年、国連中心の世界秩序を、いよいよ固く守るべきだとも述べた。これは明らかに日本への牽制であろう。


主権と領土の一体化


王外相は発言の終わりで、またもや台湾とチベットに触れ、ケリー長官にこれらの案件について中国の基本的立場を詳細に説明したと語った。


台湾では中国寄りの国民党が支持を失い、2016年の総統選挙では台湾人の政党、民進党が政権奪還を実現してもおかしくない状況が生まれている。そのとき台湾問題はさまざまな意味で中国を刺激しかねないが、台湾の現状維持を主張するアメリカを、早くも牽制しているのである。


チベット問題も同様である。ダライ・ラマ法王の高齢化に伴い、中国は次のチベットの宗教指導者として中国共産党が選んだパンチェン・ラマを据えようとしており、チベット人たちの強い抵抗が予想される。


こうしたことを見据えて、王氏は、これらは中国の核心的利益であり、アメリカは介入するなと言っているのだ。


中国側が南シナ海にも東シナ海にも触れなかったのとは対照的に、ケリー長官は記者会見でもこのふたつの海を巡る問題に触れ、中国の埋め立てへの懸念を伝えたと明言した。


すると質疑応答に入って、王外相が驚くような強い反応を示した。ケリー長官への質問に続いて、中国国際放送局の記者が王氏にAIIBとシルクロード経済圏について尋ねると、問われてもいない海洋問題について語り始めたのだ。


「ここで再び強調し、再び確認したい。主権と領土の一体化を守り通すという中国側の決意は岩ほども固く、一寸もぶれていない。それはわが人民の政府に対する要求であり、我々の正当な権利である」


氏はさらに滔々と語った。中国の主張は国際法と歴史的事実に基づいている。国連海洋法条約(UNCLOS)締結国の一員として、中国は海洋法を尊重するが、南沙諸島の開発は明確に中国の主権の範囲内だ、と。記者会見の場でも、王外相はケリー長官の懸念を一蹴したのだ。


刻々と変化する南シナ海の現状と日々増大する中国の脅威を最も切実に感じているのが軍関係者だ。アメリカ国防総省が矢継ぎ早に警告を発し続けている。


今年4月7日にまとめた中国の軍事力に関する議会への年次報告では、昨年12月段階で中国が南沙諸島の5つの島で埋め立てた面積が500エーカー(2平方キロ)に達したこと、内4島は埋め立て段階を過ぎ、インフラ整備が始まっていること、その内のひとつは飛行場建設であること、大型艦船の航行が可能な深い水路が複数掘られ、大型バースが建設されつつあることを明記して、米議会の注意を喚起した。


わずか1か月後、国防総省は、年次報告書に書き入れた内容から現状が大幅に変化したと、記者会見で明らかにした。昨年12月時点から4か月間に、埋め立て面積は8平方キロと4倍になったと発表したのだ。


外交や交渉では不十分


南シナ海で1500メートルを超える深さがあると見られる海域は、中国にとって、アメリカを攻撃する核弾頭つきの長距離ミサイルを積んだ潜水艦を隠しておくのに最適の場所だ。その海域近くにあるファイアリークロス礁では滑走路の建設が進んでおり、ガベン礁にはヘリポートが完成したと報じられた。


米議会の共和・民主両党で構成する「米中経済安全保障調査委員会」が昨年11月、南シナ海での中国の埋め立て及び軍事施設は、1年後には完成し、アメリカの対中抑止力、とりわけ日本に関する抑止力の低下が懸念されると警告した。


今年3月19日、上院軍事委員長のジョン・マケイン氏ら有力上院議員4氏が国務、国防長官宛てに書簡を送り、南シナ海における埋め立てをはじめとする中国の軍事的脅威について「侵略的」という表現で警告した。


アメリカ議会も国防総省も、切迫した危機感を抱いているのだ。例外が国務省であり、大統領府である。ケリー長官の懸念が一蹴されたことは、中国は何があっても主張を押し通すことを意味している。


中国の行動を抑止するには、外交や交渉だけでは不十分なのだ。だからこそ、前述のカーター国防長官の海軍への指示が重要な意味を持つ。アメリカは、中国が埋め立てで人工島を築いても、それによって従来の領有権や国境線が変えられることはないと繰り返し明言してきた。その主張を揺るがぬ形で見せるには、カーター国防長官の指示の実行が必要だ。


そうした行動が中国を刺激すると考えて行動を起こさなければ、その時点で中国は南シナ海での勝利を手にすることになる。アメリカも日本も、そこで大きく後退する。いま、私たちはそんな瀬戸際にある。

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