闘うコラム大全集

  • 2016.01.07
  • 一般公開

中国の人権派弁護士弾圧に強く抗議せよ

『週刊新潮』 2015年12月31日・2016年1月7日号

日本ルネッサンス 第686回


 

12月16日、習近平主席は中国浙江省で開幕した「世界インターネット大会」で演説し、「ネット空間は無法地帯ではない。秩序を構築しなければならない」として、「各国が自主的に管理するネット主権の原則を貫くべきだ」と強調した。

 

中国には中国のやり方がある、世界は干渉するな、というこの習演説と、その2日前に北京市第2中級人民法院(地裁)で開かれた人権派弁護士、浦志強氏に対する初公判は、いずれも習政権が目指すのが批判に非寛容な硬直した社会であることを示している。

 

浦氏は2014年5月3日、内輪の研究会「天安門事件25周年記念検討会」に参加したことを咎められ、6日早朝に刑事拘留された。逮捕理由は「騒動を引き起こした罪」と「個人情報の不正取得」だった。同11月には「国家分裂煽動罪」と「民族の恨みの煽動罪」が追加された。

 

以来1年7ヵ月拘束され、先日の初公判では4つの罪の内、騒動を引き起こした罪と民族の恨みの煽動罪の2つに問われた。

 

弁護人によると、浦氏は「秩序も乱しておらず、民族の恨みも煽っていない」と、罪状を否認したが、氏の主張が聞き入れられ、裁判が公平に行われる保証は全くない。

 

米国務省は浦氏の拘束がすでに1年7ヵ月に及ぶことに重大な関心を示し、即時釈放を求めた。北京の米国大使館員は、即時釈放を求めた抗議文を北京の裁判所前の路上で読み上げた。米国メディアは、この大使館員が中国の公安当局者に囲まれ排除される映像を報じた。

 

対する中国外務省は直ちに「中国の司法権と内政への干渉をやめよ」と反論したが、この間、わが国政府は一体何をしたか。なぜ、浦氏に対する中国政府の理不尽な弾圧に抗議の声を上げないのか。


胆子大

 

習政権の断固たるインターネット規制も人権派弁護士らに対する言論弾圧と偏向裁判も、共産党批判の情報がネットで拡散され大衆運動に結びつくことへの、習指導部の恐怖心を反映しているのではないか。浦氏の主張と活動に習政権は心底脅えているのだ。

 

浦氏は1965年、河北省で生まれた。89年の天安門事件当時、中国政法大学の院生だった氏が、「時報自由」「結社自由」(報道の自由と結社の自由)と書き込んだセメント用ズタ袋を着込んでハンストに参加した姿がニュース映像に残っている。

 

夥しい犠牲者を出した天安門事件以降、海外に逃亡した民主化運動のリーダーは少なくない。国内に残ったリーダーも多くが天安門事件には目をつぶり、ビジネス界での成功を目指した。そうした中、浦氏は中国に残り、弁護士資格を取得、97年から弁護士活動で問題提起してきた。専門家は浦氏についてこう語る。


「海外に逃れたり、経済界に進んだ人々は、民主化リーダーとしてのカリスマ性を失いました。浦氏については胆子大(肝っ玉が大きい)との評価がもっぱらで、ピカピカの人権派として尊敬を集めています」

 

浦氏は、ノーベル平和賞を受賞した民主派作家の劉暁波氏とは親友で、劉氏らと共に中国の民主化を求める「08;憲章」にも署名している。

 

弁護士としての氏は、まず労働教養制度問題を取り上げた。同制度は、刑罰を受けた人間に強制労働を科して再教育するものだ。司法判断なしに、公安が独断で最大4年間(現在は2年間)の拘留をすることが出来る。

 

もともと同制度は55年に、反革命運動取締りのために考案された。その後、反右派闘争、反党分子取締り、法輪功を狙ったカルト集団取締りというふうに対象が拡大された。

 

浦氏は労働教養制度の被害者救済の弁護活動を、重慶市に的を絞って展開した。同市は失脚した薄熙来氏が書記を務めた地で、薄氏は労働教養制度を多用し、打黒(悪を懲らす)のスローガンを掲げて5000人もの逮捕者を出していた。習氏との関係も緊張する中、浦氏が薄熙来問題を掘り起こしても、習氏にとって問題ではなかった。

 

結論から言えば、労働教養制度は2013年に廃止され、浦氏の活動が廃止に貢献したと評価されて氏の名声は高まった。

 

浦氏が次に取りかかったのが、「双規」問題だった。双規とは中国共産党員で規律違反を犯したとされる人物に、党の規律検査委員会が時間と場所を指定し、出頭を求めて取り調べを行うことだ。出頭は任意とされているが、現実にはいきなり連行されるケースが圧倒的に多い。ライバル追い落としの口実に規律違反が使われることもある。連行後は激しい拷問が加えられるとも言われている。

 

浦氏は2013年、「双規」で死亡した事例を積極的に調べた。1人目のケースは浙江省の国有企業の技術者、於其一氏である。彼は同年4月、4ヵ月にわたる双規の取り調べで死亡した。家族には水死と告げられたが、遺体は傷だらけで、頭から氷水に突き落とされるなどの拷問を受けていたことが判明した。


大衆の覚醒

 

2人目の犠牲者も、全身傷だらけで死亡していた。3人目の犠牲者は双規で連れ去られ、植物状態にされて家族に戻されたが、2ヵ月後に死亡した。浦氏はこれらの問題を告発し続けた。前出の専門家は述べる。


「浦氏の問題解決法の特徴は、大衆に問題を認識させることにあります。人々の関心が薄い事柄について、大衆の心に訴えかける象徴的事例を巧みに浮き上がらせ、注目させる。大衆に問題の所在を悟らせて世の中を変えていく。中国共産党にとっては最も恐るべき人物でしょう」

 

浦氏は、2013年には米『フォーリン・ポリシー』誌で世界の思想家100人の一人に選ばれた。中国の雑誌『南方人物週刊』の表紙も飾った。内外で評価を確立した浦氏が、双規に象徴される共産党の暗黒の査問体制を暴いたのであり、前出の専門家は、そのことによって浦氏は習政権の逆鱗に触れたと見る。

 

中国共産党は自らの生き残りのために、日本を筆頭に外国に対する深い猜疑心を国民に抱かせ、強い抗戦精神を植えつける。民主主義や人権という「美しい」価値観を掲げる米国や日本の外交は、平和外交を装いながら中国の体制転覆を狙う戦略、和平演変だと信じており、国民にもそう教える。それ以外の物の見方、考え方を許さない。インターネット規制は習氏にとって必須のことなのだ。

 

にも拘らず、情報を拡散し問題意識を植えつけ、大衆を覚醒させようとするのが浦氏である。習政権下、中国共産党は決して浦氏弾圧をやめないであろうことが見えてくる。

 

このような時こそ、日本は中国の民主派の人々を支援すべきだ。自由と法治の価値観を掲げ、中国に物申し続けるのが日本にとって最善最強の対中政策であると肝に銘じたい。

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