闘うコラム大全集

  • 2019.08.22
  • 一般公開

全体像を欠いた新聞の「萩生田報道」

『週刊新潮』 2019年8月16・22日号

日本ルネッサンス 第864回


なるほど、事実とは必ずしも合致しない“情報”はこんなふうに作り上げられ広がっていくのか・そんな体験の真っ只中にいま、私はいる。


7月26日、自民党幹事長代行の萩生田光一氏が、私の主宰するインターネット配信の「言論テレビ」で衆院議長交代論を展開したとする話が広がっている。その“情報”は正確ではない。そのように報じたり、批判したりする人々は、本当に言論テレビの番組全体を見たのかと、問わざるを得ない。


番組の全体を見れば、参議院議員選挙を受けて秋の政府・与党人事について語ったのは政治ジャーナリストで産経新聞前政治部長の石橋文登氏であること、萩生田氏は石橋発言を受ける形で議長の職責について解説したにすぎないことがわかるはずだ。


そこで、当の言論テレビの議論の全体、そこに至る過程について、少々長くなるが語ってみたい。


眼前の国際情勢は、誰がどう見ても日本の危機である。北朝鮮が発射し続ける弾道ミサイルは米国でさえ防ぐのが難しい軌道修正機能を備えているといわれる。7月24日に中国は国防白書を発表し、中国の軍事力はおよそすべて防衛的性格だと虚偽を語りつつ、これまでにない強い表現で米国に対抗する姿勢を見せた。日本の領土である尖閣諸島を中国領だと主張し続け、現に、連日わが国の排他的経済水域に武装船を送り込み、領海侵犯はいまや日常的に行われている。


一方、トランプ米大統領からは日米安全保障条約は不平等だとの不満が頻々と伝わってくる。米国はわが国唯一の同盟国であるが、トランプ氏は日米安保条約破棄の可能性さえ、「友人達」との間で語っていたと報じられた。


地理的に最も近い韓国の文在寅政権は反日の動きを強める一方で、朝鮮半島が北朝鮮主導での統一にさえ向かいかねない。


国会の実態は実にお粗末


これら一連の事象が日本の安全保障上の危機であるのは今更言うまでもない。その危機に対処することが、参院選挙を乗り切った安倍晋三首相と政府にとっての喫緊の課題である。憲法改正を急ぎ、国防力を強化しなければ、国民の命も領土領海領空も守りきれなくなるということだ。


そんなことを念頭に私は前述の7月26日、言論テレビで日本の課題について語った。番組ゲストは萩生田、石橋両氏に、雑誌「正論」編集長の田北真樹子氏だった。


参院選では安倍首相は応援演説の先々で、憲法改正を議論する党か議論しない党か、どちらを選ぶのかと問いかけ、かつてないほど憲法改正の公約を前面に出して戦った。自民公明の与党が勝利したが、改正案の発議に必要な3分の2に、4議席足りない結果となった。安倍政権は戦後初めて手にしていた衆参両院での3分の2の議席を、当面失った形だ。しかし、萩生田氏は意外にも非常に前向きだった。


「3分の2を欠いたことで逆に野党の維新や国民民主の人たちに声をかけていく(状況が生まれました)」と、柔軟な反応だった。


番組ではその後、憲法改正には肝心の自民党がもっと積極的になるべきだという議論になった。選挙で公約に掲げ続けているのであるから、自民党がもっと積極的になるべきなのは当然である。


それにしても国会の実態は実にお粗末だ。これほど世界が激変する中で、日本の国防に直接かかわる憲法改正について、それを論じるべき憲法審査会では議論らしい議論はほとんどなされていない。衆参両院の憲法審査会には各々10人規模の常勤の職員が配置されているというのに、である。こうした状況を踏まえて石橋氏が政府・与党人事の重要性を次のように説いた。


「今回は珍しく、衆院議長人事が最も注目される。憲法審査会は国会の話で、政府ではない。大島さん(大島理森衆院議長)も随分長いし、本当に宥和派で動かない。与野党に対してかなり力のある議長でないと駄目かなと思う。そう考えれば二階さんだ」


時事、日経、毎日、産経も秋の人事の焦点は現在幹事長を務める二階俊博氏の処遇だと報じており、その意味で右の指摘は目新しいわけではない。だが石橋氏が、二階氏の衆院議長への就任について語ったのは、憲法改正という重要案件を推進し日本周辺に押し寄せる脅威を巧みに回避する責務を托せる人物は、実力者でなければならないということだろう。


そこで私は萩生田氏に、野党にも睨みが利く実力者の議長登用は、総理の憲法改正への熱意を示すことになるのかと、議長職の役割の重要性に焦点を合わせて問うた。


朝日流の引用は杜撰で傲慢


この問いに萩生田氏は議長の職責をざっと以下のように説明したのだ。


「憲法改正をするのは総理ではなく国会だ。本来、国会議員が審査会を回していかなければならず、最終責任者は議長だ。大島議長は立派な方だが、調整型だ。野党に気を遣いながらも審査を進めるのも議長の仕事だ。いまのメンバーでなかなか動かないとすれば、有力な方を議長に置いて、憲法改正シフトを国会が行うのは極めて大事だ」


踏み込んではいるが、氏の発言はあくまでも議長の役割とは何かを説明したものに過ぎない。


だが、朝日新聞は7月30日、大久保貴裕記者の署名原稿を「萩生田氏の議長交代論 波紋」の見出しで伝えた。同記事では言論テレビの議論の内、本件前段の石橋発言が削除されている。その結果、議長交代は石橋氏の論であり、萩生田氏のものではないという事実が薄められた。


全体の流れを踏まえれば、萩生田氏が議長交代論を展開したとして批判するのはあたらないだろう。詳細の全体を言論テレビのホームページから入って、聞いてほしいと思う。


もう一点、朝日のインターネットテレビに対する姿勢には大いなる疑問を抱かざるを得ない。朝日は言論テレビの配信を元に原稿を書いたが、そこには情報元として「インターネット番組」としか書かれていない。「言論テレビ」とは書かないのである。週刊誌に対しても同様だ。


記者にとっても研究者にとっても情報を引用するとき、情報元を明記するのは最低限の知的マナーだ。物を書く人々の常識でもある。「インターネット番組」という朝日流の引用は杜撰で、傲慢である。同時に、報道倫理及び著作権法にも反しているのではないか。


今回の件で伊吹文明氏、辻元清美氏らを筆頭に、幾人かの政治家たちが萩生田氏を批判し、憲法改正の議論に遅れが出かねない旨語っている。全体の枠組みから一部の発言を切り出した批判論に乗って、行うべき議論も行わずに、憲法改正議論を遅らせる愚を繰り返すとしたら、国民や国家のためにならない。発言の全体を見るべきだ。

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