闘うコラム大全集

  • 2019.09.26
  • 一般公開

ボルトン氏辞任で、日本外交の危機

『週刊新潮』 2019年9月26日

日本ルネッサンス 第869回


9月10日、ジョン・ボルトン氏が突然辞任した。氏は北朝鮮への中途半端な妥協を是とせず、核・ミサイルの放棄を強く迫り続ける方針をゆるがせにしたことがなく、拉致問題には最も深い同情と理解を示し続けた人物だ。


氏の突然の辞任により、トランプ大統領の対北朝鮮外交のみならず、対中国外交までが妥協の産物に堕してしまえば、日本外交への大打撃になりかねない。


「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は、トランプ政権に是々非々の姿勢ながらも基本的に支持してきた有力紙だが、今回の件について、11日の社説で、トランプ氏は「真実を語らなかった」と批判した。


トランプ氏はツイッターで自分がボルトン氏に辞任を求めたと主張したが、米各紙の報道を合わせ読むと、WSJの「真実を語らなかった」との批判は当たっていると見てよいだろう。各紙報道をまとめるとざっと以下のようになる。


・ボルトン氏は9日、アフガニスタン問題でトランプ氏と対立、辞任を申し出た。


・トランプ氏は明日話し合おうと返答した。


・帰宅したボルトン氏は一晩考え、10日朝に辞職願いを提出した。


・同日午前、ボルトン氏はシチュエーション・ルームで国家安全保障チームとの討議に臨んだ。


・11時58分、トランプ氏が「昨夜ジョン・ボルトンに、もはやホワイトハウスで仕事をしなくてよいと言い渡した」とツイッター発信。


・12分後の12時10分、ボルトン氏が、「昨夜辞任を申し出た。トランプ大統領は明日話し合おうと語った」と反論し、ホワイトハウスを去った。


WSJ紙社説は、「(ボルトン氏の正式の辞職願い提出の)すぐ後に、トランプ氏は辞任は自分の考えであるかのように事実をねじ曲げてツイッターで発信した。3年間で国家安全保障会議(NSC)のトップ助言者3人を失うという失態の悪印象を避けようとするもので、大統領の振舞として感心できない」と非難した。


とても難しい上司


無論、米国にはボルトン氏を批判する声も少なくない。たとえば、「ニューヨーク・タイムズ」紙は12日の1面に、ペンシルベニア大学コミュニケーション・ディレクターのジョン・ガンズ氏の意見を掲載し、ボルトン氏がNSCの伝統を破壊したと非難した。ボルトン氏は、フランクリン・ルーズベルト大統領のスタイルを真似て大統領と少人数の側近が重要決定を下す形に拘り、独善に走り、常に大統領の側近くにいようとしたというのである。


WSJは、ボルトン氏はたとえトランプ氏と考えが異なっても、大統領の意思を尊重し、同時に具申すべきことは具申したと強調する。間違ったディール(bad deal)はディールなし(no deal)よりもはるかに深刻な結果を招くと、大統領に伝えたが、大統領には異論を聞き入れる気が全くなかったと解説する。トランプ氏はとても難しい上司だと言ってよいが、ボルトン氏に対する大統領のコメントの厳しさは、トランプ氏の一面を示すものとして、安倍晋三首相は無論、日本人は頭に入れておかなければならないだろう。


ボルトン氏「解任」を発表した翌日、大統領執務室でトランプ氏は次のように語っている。


「ジョン・ボルトンがリビア方式に言及したことで我々の取り組みは大幅に後退した。カダフィに起きたことを見れば、そんなことで北朝鮮とディールできるのか」


右の発言は、トランプ氏がボルトン氏を補佐官として招き入れた直後から同じ間違いを繰り返して、今日に至るまで何も学んでいないことを示している。


たとえばボルトン氏を補佐官に任命して間もない昨年5月17日、トランプ氏は北朝鮮へのリビア方式の適用は考えていない、米軍はカダフィを滅ぼすためにリビア入りした、と語っている。


トランプ氏は「リビア方式」を全く理解していない。リビア方式とは核・ミサイルの完全廃棄を見届けた後に、経済制裁を解除し、国際社会に受け入れる方式だ。カダフィ氏は2003年12月、核放棄を宣言し、米英両国は濃縮ウラニウムやミサイルの制御装置、遠心分離機をはじめ核開発に関する装置のすべてを3か月で搬出し、廃棄した。すべてが終わった時点で米国はリビアに見返りを与え始めた。06年5月には国交も正常化した。


カダフィ氏は11年10月に殺害されたが、それは米軍による殺害ではない。アラブの春における、リビア国民による反乱・殺害だった。


トランプ再選が優先


トランプ氏はこうした前後の事情を、かつても今も見ようとしない。他方、金正恩朝鮮労働党委員長は絶対に核を手放したくない。核放棄を強く迫るボルトン氏を憎み、氏とは一切、交渉しないとの姿勢を打ち出した。18年5月当時、北朝鮮第一外務次官の金桂冠氏は正恩氏の気持ちを代弁して「ボルトンに対する嫌悪感を我々は隠しはしない」と語っている。北朝鮮の一連のボルトン批判に関して、トランプ氏は今回こう述べたのだ。


「金正恩のその後の発言を私は責めない。(中略)(ボルトン氏が外交交渉で)タフであるか否かではなく、スマートであるか否かの問題だ」


ボルトン氏を賢明ではないと貶めている。マティス国防長官、ティラーソン国務長官らもひどい辞めさせられ方だったが、ボルトン氏に対してはもっとひどい。選りに選って北朝鮮の専制独裁者、金正恩氏の発言に同調して、安全保障の中枢に自らが登用した大事な部下を貶めるやり方は、あってはならないだろう。


金正恩氏が7月以来継続するミサイル発射は、安倍晋三首相が指摘したように明確な国連安全保障理事会の決議違反だ。しかしトランプ氏は短距離ミサイルは米朝合意違反ではないとして、静観の姿勢を崩さない。米政府内で唯一人、安保理決議違反だと正論を述べたのがボルトン氏だった。


北朝鮮の新しいミサイルは、専門家の指摘では、日米両国の現時点における技術では防ぎ得ない。トランプ氏の姿勢は日本に対する北朝鮮の脅威に目をつぶることだ。


同盟国に及ぶ危険をなぜ無視するのか。トランプ氏が来年の再選のことしか考えていないからだ。ボルトン氏が政権を去った結果、トランプ氏は自身の再選に役立つであろうテレビ映えのする首脳会談実現に邁進するだろう。金正恩、習近平、プーチン各氏らとにこやかに握手する場面を創り出すために、安易な妥協がなされかねない。米国の国益よりもトランプ再選が優先されれば、対北朝鮮、対中国で日本にとって不利な国際情勢が生じるのは容易に見てとれる。ボルトン辞任は実に大きな損失なのである。

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