闘うコラム大全集

  • 2021.04.01
  • 一般公開

米中苛烈、中国の時間稼ぎを許すな

『週刊新潮』 2021年4月1日号

日本ルネッサンス 第944回


3月18、19の両日アラスカで行われた米中会談は中国の本音を巧まずして暴露した。中国はもう少し時間稼ぎをしたいのである。


激しい応酬や威嚇的な言葉を削ぎ落として、時系列で事実関係を辿れば、バイデン政権の対中外交における予想以上の周到さが見てとれる。


中国の全国人民代表大会(3月5日~11日)を受けて、バイデン米大統領は12日に、日米豪印の4か国首脳会議を行った。8日から18日まで2年振りに米韓合同演習を実施した。ブリンケン国務長官とオースティン国防長官は日米の外務、防衛両大臣の会合、「2+2」のために15日に来日し、東京で2泊3日を過ごした。17日午後には韓国に赴き、米韓の「2+2」をしてみせた。


東京では、米国は核も含めた全力での尖閣と日本の防衛に対する「絶対的」な誓約について言明した。香港、ウイグル、チベットの弾圧、国際法無視、などで中国を名指しで非難して、2人の閣僚は韓国に向かった。


ソウルでの「2+2」では中国に全く言及しなかった、米国の対中姿勢は韓国に行った途端揺らいだ、というような解説が日本メディアではあったが、詳細に見ると印象は異る。確かに韓国側は中国に全く触れなかったが、米国側はブリンケン、オースティン両長官共に中国を名指しで批判している。17日夕方の米韓外相会談に先立つ会見でブリンケン氏は次のように述べている。


「中国は弾圧と侵略の手法によって組織的に香港の自治を侵食し、台湾の民主主義を切り崩し、ウイグル人とチベット人の人権を蹂躙し、南シナ海で国際法に違反して海洋権益を主張している」


バイデン大統領が2月4日に行った初の外交演説と重なる。大統領演説の要点は以下の通りだった。


「中国は最も深刻な競争相手だ。攻撃的で威圧的な行動、人権弾圧、知財の窃盗、グローバル・ガバナンス(世界統治)に対する中国の姿勢に米国は強い立場から反撃する」


地球全体を支配


バイデン大統領は気候変動などの問題では協力する用意はあるとしながらも、中国にはあくまでも「強い立場」から交渉すると宣言し、日韓両国でブリンケン長官らがその意志を鮮明に示したわけだ。対照的に中国側は次のようなメッセージを発した。


「中国が米国とのハイレベル戦略対話に同意したのは両国元首の電話会談での精神を実行に移す重要な措置で、米国と中国が互いに歩み寄り、中米関係の健全で安定した発展を図ることを希望する」「アラスカは米国の最北の州だ。中国代表団はアラスカに到着した時、寒冷の気候だけでなく、米国のホストとしてのもてなしも感じた」(3月19日、趙立堅中国外務省報道官)


日韓両国での米国側の発言を気にしながらも最後まで、即ち、米国と直接話し合うときまで、中国が米国との交渉続行を望み、しかもそれを戦略対話として定期化したいと切望していたのは明らかだ。アラスカの激しい応酬の中でさえも、楊潔篪共産党政治局員は「対立ではなく、意思疎通を強め、相違をうまく処理し、協力を拡大する必要がある」と明言した。中国が渇望しているのは米中関係の「安定と継続」である。


中国は建国100年の2049年までに「中国の夢」を実現して、世界の諸民族の中にそびえ立つと宣言済みだ。夢の実現は力によってなされるが、力は軍事力だけではない。より決定的なのが経済力であり、経済を随意に活用できる一党独裁政権の政治力である。


経済力を政治目的に沿って活用し、地球全体を支配する仕組みの構築が中国の戦略だ。具体例のひとつが5G通信網である。すでに米国の裏庭のラテンアメリカ、欧州が気にする東欧、52に上るアフリカ諸国、米国の関与が手薄でロシアの影響力が弱まっている中央アジア、さらに中東も含めて世界各地域で中国は猛然と通信インフラ建設を主導する。


大陸をまたぐインターネット情報の95%以上が光ファイバー海底ケーブルで伝達されるため、海底ケーブル回線の建設と維持、管理は世界支配の決定力となる。先頃まで世界の海底ケーブルの4割は米国が持ち、日本が3割、フランスが2割だった。だが中国が急速に追いつき始めた。世界の海底ケーブル地図の作成で知られるワシントンのテレジオグラフィー社によると、現在世界には406本の海底ケーブルがあり、米日仏の一角に中国の「華為海洋」などが食い込んだ。2020年末段階では彼らは世界シェアの20%を建設したとみられる。


深い海の底を這うケーブルと、宇宙から送信される情報が合体するときに地球を包み込む通信網は完璧になる。宇宙での情報基地は宇宙ステーションであり、月や火星に建設する軍事基地だ。月探査では近年中国が米国に一歩先んじ、火星には米国がひと足早く探査機を送り込んだ。


人口面ですでに下り坂


米中の青白い炎のようなせめぎ合いは、日本にとって他人事ではない。仮に中国が自前の5G技術で地球を包み込む通信インフラを建設してしまえば、彼らはあらゆる分野で優位に立ち、影響力を拡大する。中国の経済と技術なしにはどの国も生きにくい世界が出来たとき、中国共産党は遠慮会釈なく、全ての国と民族に中国共産党の価値観を押しつけるだろう。そのような基盤完成までには、あと少し時間が必要だと、習近平国家主席らは考えているのである。


「あと少しの時間」は、別の意味でも非常に重要な要素を含んでいる。中国は経済成長持続の基本である人口面ですでに下り坂に入った。中国の生産年齢人口(15~64歳)は2010年から、総人口は18年から減少に転じた。米国の国家情報会議(NIC)は昨年12月、人口面でインドが「群を抜いて」増加傾向に、中国が「群を抜いて」減少傾向にあると発表した。長期予想ではインド経済は21世紀を通じて成長し、今世紀末、インドは中国に取って代わるとも予測した。


東風が西風をしのいでいると、中国は言う。歴史は米国ではなく中国に追い風を送っていると。しかし、習主席にとって米国と戦える、相対的余力のある時間は長くはない。米国と直接戦うのではなく、まず弱小の貧しい国々を、次に中級国家を搦め捕り、中国中心の供給網と通信網を構築しさえすれば米国も抗い得ない。そのような世界のインフラを完成させたいというのが習氏の思惑であろう。充分に準備が整ったときには、台湾を奪い、尖閣を奪い、毛沢東に並ぶ中国の国父の地位も手に入ると考えている。


逆に言えば、あと10年、私たちが習氏の暴走を抑止できれば中国共産党との戦いに勝てる。今が正念場だ。日本は、中国に対峙するために、全力を振り絞って軍事力も経済力も強化しなければならない。

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