闘うコラム大全集

  • 2022.02.17
  • 一般公開

忘れたくない慎太郎氏の情念

『週刊新潮』 2022年2月17日号

日本ルネッサンス 第987回


石原慎太郎氏は快男児だった。真面目に話す段になると礼儀正しく含羞の人だった。それを口の悪さで打ち隠していた。


2007年10月12日の午後、私は田久保忠衛さんと一緒に都庁の知事室に慎太郎氏を訪ねた。「日本立て直し」の志でシンクタンク「国家基本問題研究所」を創設するに当たり、理事就任を要請したのだ。


石原氏と田久保氏は各々、昭和7年9月と8年2月生まれ、同期である。思想信条も重なる部分が多く、互いに敬意を抱いていたと思う。国基研設立の趣旨を説くと、氏は一言、「承知しました」と引き受けた。余計な質問は一切ない。そのうえで「この種の組織には資金がいる。いつでも相談に乗ります」と言うのだ。国基研創設では多くの方々が協力して下さったが、資金のことまで気にかけてくれたのが慎太郎氏だった。


日本国の課題、最速でなすべきことについて、改めて確認する必要もない程、私たちの間には共通の理解があった。氏を訪ねてから約2か月後の12月、国基研はささやかな事務所開きをして今日に至る。


石原氏とはさまざまな機会に対談をした。「言論テレビ」に出演してもらったのは、戦後70年の2015年8月だった。氏は作家、国会議員、都知事、そして再び国会議員を経て、14年に政界を引退していた。言論テレビ出演の直前には『歴史の十字路に立って 戦後七十年の回顧』(以下『歴史の十字路』)をPHP研究所から上梓していた。


氏との会話は自然に戦争の記憶につながっていった。「戦後の日本人が享受した平和は奴隷の平和ですよ。つまり囲われ者の平和だね。お妾さんの安穏さだな」と石原氏は言う。


それに対して石原氏と親しいハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が「お妾さん、ミストレスはやめてくれ」と言ったそうだ。で、石原氏は何と言えばよいのかと尋ねた。「よき友、Good Friendと言ってほしいだって。バカ言っちゃいけないと言いましたよ」


薄っぺらな感想


戦後日本の平和は奴隷のそれだとの指摘は本質において正しい。労せずして与えられた平和の代償に、日本人は多くの大事なものを失った。それが何であるかは「朝日新聞」を読めばよく分かる。その日、私は朝日の15年8月3日、夕刊一面の記事に拘っていた。俳優の小栗旬氏がゼロ戦のパイロットで、当時98歳だった原田要氏にこう聞いていた。


「自分が人殺しだと気づいたきっかけは」


戦争の中で命がけの任務を果たした人に問うことだろうか。その小栗氏に朝日の記者がパイロットの声に向き合うことで、何ができるのかと問い、小栗氏はこう答えている。


「他者に対して愛情を持つということ。嫌だなって思うことは相手に同じことをしない」と。


ここには日本が戦争に踏み切った歴史についての知識も理解もない。あるのは戦場で戦うということへの薄っぺらな感想のみだ。これについて石原氏は言った。


「戦後の教育が培った安直な価値観っていうのかね。その精神は我々が拝受した憲法にも由来していると思いますね」


さらに石原氏は言葉を継いだ。


「そういう質問をせざるを得ない男を可哀想だと思う」と。私は同感した。


敗戦に至った政府の政策判断については厳しく批判しながらもあの凄まじい戦争を戦った先人達、家族、故郷、その全体像としての祖国を守ろうと命を捧げた人々に、日本人は皆、心からの深い感謝を捧げ、先人の想いを大切なものとして引き継がなければならない。


石原氏はそうした人々の情念について語り、話題は特攻の母と呼ばれた鳥濱トメさんの想い出になった。


石原氏がトメさんに会ったのは昭和41年だそうだ。沖縄に出撃した陸軍航空隊の特攻隊の若き隊員達は出撃までの短い日々を鹿児島県知覧ですごした。そこで彼らを親身に世話をしたのが富屋食堂のトメさんだ。隊員達はトメさんの心尽くしのあれこれに母親のイメージを重ねて慕った。生命の際(きわ)にある若者達はトメさんに心を許して後事を託した。石原氏は『歴史の十字路』で書いている。


「ある特攻隊員は明日、南の海で死んだら、まっ先にここに、自分の好きな螢になって帰ってくると約束して飛び立った。その日、その時刻にもう冬枯れていた裏庭の藤の棚の下の井戸から、たった一匹螢になって現れた」


戦後、トメさんは旅館もかねて富屋食堂を続けていた。誰もいなくなった町で、夕方、特攻隊員が出撃前に休む三角兵舎のあった辺りを歩いていた。菜の花畑になっている旧陸軍跡地でトメさんは立ち止まった。


「総理大臣にお前さん」


「『夕方の暮れゆく中で、一斉にね、菜の花畑にぱっと鬼火が燃え立った。ガスをつけたみたいに。灯が』とトメさんが言うんだ。それでね、その時私に中年の女中さんがお茶を運んでくれた。トメさんが、『この子ですよ、一緒に行ったの』と。それで『見たの』と聞いたら、『ええ、私、見ました』と。『本当に恐ろしいけれども美しかった』って。それはやっぱりね、凄い話だと思いますね」


そのトメさんが平成4(1992)年に亡くなったとき、石原氏は宮沢喜一首相に会いに行った。


「宮沢さん、トメさんを国民栄誉賞にして下さい」


「はあ、どなたですか」


「あなた知らないの、って言ったら、知らないって言うから教えてあげたの。そしたらね、分かっているんですよ。でね、切りがございませんからって言う。で、キリじゃない、たった一人しかいない。勇ましく死んでいった若者達に母と慕われたこんな素晴らしい日本人がいた。これで特攻隊も遺族も救われた。なんで国民栄誉賞だめなんですか、と言ったら、嫌なんですって」


「嫌なら仕方がない。それで僕は言った。分かった、頼まねえ、お前さん。僕は総理大臣にお前さんって言ったの。お前さん、そのうちに罰が当たって野垂れ死にするぞって。そしたら、野垂れ死にしましたね」


当時自民党の屋台骨を揺すぶって小沢一郎氏からつきはなされたことを指す。


「菜の花畑に灯った鬼火のように、日本のために命を捧げた人たちの執念は生きているんですよね。だから天皇陛下がサイパンとかいらっしゃるの結構だけれども、それで救われるもんじゃないんですよ。天皇陛下はやっぱり絶対参拝していただきたい。日本の元首ですから、靖国参拝したら全ての問題が解決するんですよ」


石原氏の情念を受けとめ、天皇陛下の御親拝を実現させ、憲法改正につなげたいと、私は切望している。

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