闘うコラム大全集

  • 2022.08.18
  • 一般公開

ペロシ氏訪台で新局面、日本も準備を

『週刊新潮』 2022年8月11・18日合併号

日本ルネッサンス 第1011回


外交上も安全保障上も難しい問題を引き起こすことにはなったが、米下院議長、ナンシー・ペロシ氏の決断を評価する。だが、事の経緯を振りかえれば、氏に中国の圧力を受けて訪台を取りやめる選択肢は残されていなかったのも事実だろう。


私がこの原稿を書いているのは8月2日である。ペロシ氏は今夜、台北に入り、3日に蔡英文総統と会談するとのことだ。米国の専門家や政治家の間で賛否が分かれる中での訪台だが、氏の行動は米国の台湾政策の行方を決定づけ、必然的にわが国の外交、安全保障政策にも決定的な影響を与えるだろう。


米国は安倍元総理が提言した通り、台湾に対する曖昧戦略を放棄して、有事の際には台湾防衛の柱となる意思を示さざるを得ないことになる。そして日本は米国と共に台湾擁護の方針を明らかにしなければならなくなるだろう。世界の在り方を中国の好きなようにはさせないという国家の意思を日米台が結束して、明確な形にしていくときだ。


ウクライナ侵略戦争以降の米中間の対立を振りかえれば、米中の力関係の概容が浮かび上がる。ウクライナ侵略を続けるロシア大統領のプーチン氏を、習近平氏はロシア産原油の輸入をふやすことなどで経済的に支えてはいるが、軍事的支援には踏み込んでいない。2月の北京五輪開幕直前の中露首脳会談で「限りない友情と協力」を謳い上げたにも拘わらず、プーチン氏の軍事援助要請に、習氏は応えていない。これは米国政府も明確に認めている点だ。


ここまできて、なぜ中国はロシアを軍事的に支援しないのか。外交戦略を専門とする田久保忠衛氏は、「米国の非常に強い圧力ゆえ」だとしてこう語る。


「中国には現在アメリカと四つに組む力がないのです。習近平体制は盤石だと言われていますが、弱さもある。アメリカと事を構える状況にはないでしょう」


習政権の孤立感


ブリンケン米国務長官と王毅中国外相は7月9日、インドネシアで開かれたG20(20か国・地域外相会合)後に5時間以上を費やして会談した。詳細は明らかにされていないが、ここで米国側は中国にロシアへの肩入れについて強く警告したと思われる。ロシアに対する軍事的支援は絶対に看過しない、そのようなことがあればアメリカは中国への追加制裁を断行し、中国経済をさらに減速させる。このような内容だったのではないか。


それに先立つ6月12日、中国国防相の魏鳳和氏はシンガポールで行われた「アジア安全保障会議」で米国防長官のオースティン氏に激しく反発した。オースティン氏はその前日、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)が米国の大戦略の肝だと語っていた。


プーチン氏の侵略戦争については「大国がその帝国主義的欲望を平和志向の近隣諸国の権利に優先させるとき」、このような許されざる惨禍が起きると非難した。名指しこそしていないが、この非難が中国にも向けられているのは明らかだ。


米国はその強大な力と堅い意思で断固として自由と民主の世界を守ると語ったオースティン氏に、魏氏は「中国への中傷(smearing)だ」と以下のように激しく反論した。


FOIPは「自由」と「開放性」の名の下で排他的小グループを形成して中国に対立するものだ、台湾は何よりも第一に、中国の領土だ、独立を目論む者にはロクなことがない。中国は台湾については最後まで戦い抜く、外国の介入勢力は必ず失敗すると、氏は昂ぶった様子で中国年来の主張を繰り返したのだ。


オースティン氏の断固とした内容ながら冷静な演説に較べて、魏氏はいきり立っていた。この感情的な反応は魏氏にとどまらず、現在の習近平指導部の傾向ではないか。習政権が全体として理性的というよりも感情的な印象を与えるのはなぜだろうか。習政権の感じている孤立感と関係はあるのか。


国連での投票行動から判断すると、西側のG7と共に行動する国は約90か国だ。必ず中露の側に立つのが約40か国。中間にいるのが約60か国と見てよい。数だけ見れば中国も決して孤独なわけではない。しかし、中国は不安なのではないか。経済力も軍事力も備えている有力先進国はおよそ皆、中露と対立状況にある。中国に従う国々には貧しい発展途上国が多い。軍事力と金融力で縛られている国も少なくない。中国の孤立感は、自分たちは本当のところ、真に尊敬されてもおらず愛されてもいないという自覚から生まれているのではないか。


習氏は7月28日、バイデン米大統領との2時間20分にわたる電話会談で台湾問題に関して「火遊びは身を焼くことになる」と発言した。北朝鮮の金正恩氏まがいの脅しを口にする主席を見習ってか、中国外務省や軍も強気である。


アメリカは台湾を守る


ペロシ氏の訪台計画の情報が伝えられるや、外務省が「中国軍は決して座視することなく、必ず断固たる対抗措置を取る」と警告すれば、人民解放軍(PLA)は東シナ海・南シナ海の5か所で軍事演習を開始した。7月30日には台湾対岸の福建省の台湾に最も近い平潭海域で実弾演習を行った。8月1日にはPLA東部戦区が「陣営を整えて待ち構えている」とする約2分半の動画を公開した。動画では洋上に展開する部隊や、ミサイルを標的に命中させる場面が強調されていた。


ペロシ氏の訪台がどのような顛末に至るかは予想できないが、台湾を巡る米中間の緊張は高まり続けるだろう。その中で日本がどうしても学ばなければならないことがある。それは中国の圧力に屈してはならないということだ。ペロシ氏は国外に飛んで台湾を訪れた。靖国神社は日本国内にある。にも拘わらず、国内ですら日本国首相がどこに行くのか行かないのか自ら決められず、祖国に命を捧げた先人たちに尊崇の想いさえ捧げられない国であってはならない。中国の脅しに、日本は決して屈してはならない。


その上で台湾危機がいよいよ身近に迫ったことをはっきり認識すべきだ。先にも触れたように、バイデン政権はペロシ氏訪台でこれまでの曖昧戦略を変えてアメリカは台湾を守ると明確に打ち出し、台湾に対する安全保障上の援助をさらに手厚くせざるを得ないだろう。


台湾有事は100%、日本有事だ。台湾を守ることはわが国を守ることだ。そのことを肝に銘じて、憲法改正とGDP比2%の防衛費を急ぎ実現することだ。習氏の台湾侵攻は18か月以内にもあり得ると、米「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙が社説で言及した。準備が間に合わなければ日本は消滅の道に落とされていく。

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