闘うコラム大全集

  • 2023.09.07
  • 一般公開

ホタテ問題、今は中国と戦うとき

『週刊新潮』 2023年9月7日号

日本ルネッサンス 第1063回


8月24日、東京電力福島第一原発の処理水放出が始まるや、中国は即、日本の全水産物の禁輸を発表した。


野村哲郎農水相はこれを「想定外」とコメントしたが、本気か。松野博一官房長官は「丁寧に説明する」と語ったが、一体何を考えているのか。中国政府は福島のトリチウム処理水が極めて安全なことは百も承知の上で、政治的戦いを仕掛けているのである。今更丁寧に説明するなど、無意味だ。日本のとるべき道は直ちに反撃することだ。反撃の材料はいくらでもある。今大事なのは国際社会に中国の言動のおかしさを伝えることで彼らとの戦いを制してみせることである。


反撃の第一手は中国にホタテ貝を今後も売らないこと、サプライチェーンから中国を除外することである。わが国の農林水産物の中で輸出金額の第一位をホタテが占めている。2022年の実績で中国向け輸出が全輸出量の8割にあたる約10万3000トン、金額にして467億円だ。だが、それら全てを中国人が消費するわけではない。日本のホタテは賃金の安い中国で殻から外され、主に冷凍貝柱として米欧諸国に再輸出されている。その最大消費国は米国である。


この構図において日本が直ちに取り組むべきこととして見えてくるのが、先述したようにサプライチェーンから中国を外すことなのだ。日本又は他の国で殻から外す加工を行い、そこから米国や欧州に輸出する道を切り拓く。政府はすでに漁業関係者への追加支援を決定しており、国内加工体制の強化に乗り出すという。正解であろう。結果として中国は雇用を喪失し貿易量も減ることになる。しかし、政治的思惑で禁輸措置をとった、つまり不条理な理由で買わないと決めたのは彼らであるから、自業自得である。


反撃の第二は中国のずるいやり方を世界に徹底的に知らせることだ。「太平洋は日本が核汚染水を垂れ流す下水道ではない」などと非難しながら、中国漁船団が大挙して三陸沖に来てはサンマなどを底引き網でごっそり取って行く。「核汚染」された海だと批判しつつも、中国人はわが国周辺の魚を取り尽くすのだ。


真実を知るきっかけ


このような中国政府、中国国民の矛盾だらけの言動、理不尽さを広く国際社会に周知徹底させるための積極果敢な情報発信に最大の努力を傾注するときだ。松野氏は眠ったような目で中国に丁寧に説明するのではなく、国際社会に向けてかっと目を開いて、処理水放出後、海水トリチウム濃度は検出限界値を下回ったと、明確に伝えるのがよい。


反撃の第三。自国に不都合な情報を発信する国々に中国は圧力をかけるという事実を改めて世界と共有することだ。中国の人権活動家、劉暁波氏は10年にノーベル平和賞を受賞したが、中国政府は授与に強く反対し、サーモン等一部のノルウェー産の水産物を事実上、輸入禁止にした。当時の中国はノルウェー産サーモンの最大の輸入国だった。


豪州が武漢ウイルスの発生地を科学的に調べるべきだと提唱したときにはワインや大麦に追加関税をかけた。台湾もフィリピンも事ある毎にパイナップル、マンゴー、バナナなどを輸入規制されている。日本の直面する中国の輸入禁止措置の理不尽さは世界の常識だ。わが国の主張は多くの国々が支持するはずだ。


反撃の第四。中国が日本よりはるかに多くのトリチウムを放出していることをきっちり指摘しよう。福島第一原発からは1年間に22兆ベクレル未満のトリチウムが放出される見込みだ。他方、中国は紅沿河原発から約90兆ベクレル、秦山第三原発から143兆、寧徳原発から102兆、陽江原発から112兆で計447兆ベクレルものトリチウムを東シナ海に放出中だ。単純計算すれば福島の20倍になる。「東シナ海は中国が核汚染水を垂れ流す下水道か」と質すべき場面だ。


国家基本問題研究所企画委員で明星大学教授の細川昌彦氏は、こうした状況がはっきりしたいま、日本も中国の水産物に全量検査を実施すべきだと主張する。


「中国のトリチウム放出が日本よりはるかに高いレベルで行われていることは中国の水産物に全量検査を行う正当な理由になります。そのような日本政府の措置は中国国内への情報発信にもなります」


共産党政権による情報操作で、中国の国民は自分の国が日本よりはるかに海を汚染していることなど、知らない可能性がある。だとしたら、日本政府による全量検査の実施は彼らが真実を知るきっかけにもなろう。


反撃の第五。こんな時こそ迅速に世界貿易機関(WTO)に提訴すべきだ。豪州もWTOに提訴した。WTOを含めた国際機関を支える法や価値観を忠実に守っているのはわが国であり、中国ではない。国家としての基本的在り方、国際秩序を守っていこうとする誠実さを中国に対する武器として使うのが、正攻法である。


対日圧力をさらに強める


細川氏は、今年のG7の議長国が日本であることを十分に活用すべきだとして、「G7では経済的威圧に対する共同対処で合意しています。今回の件をG7議長国として取り上げ、各国への協力を求めるべきです」と語る。


私たちは今、中国という異形の敵と対峙しているのである。これは武力を使わない戦いである。G7が結束して当たるべきことである。ここで中国のゴリ押しを止めなければならない。G7の協調体制を強化するのに努力も知恵も惜しんではならない。何をされても「丁寧に説明する」というこれまでの日本国の消極的姿勢から転じて、反撃を始めるのだ。


中国とのこの戦いは以降、より烈しくなっていくと考えるべきだろう。近現代史を振り返れば、どんな時代でも日本の命運を左右してきたのが米中関係だ。米中関係が良好なとき、日本の立場は弱くなり、中国は日本に圧力を加えがちになる。反対に米中関係が緊張するとき、中国は日本に微笑外交を展開して、日米を離反させようとする。


現在、バイデン米大統領は、米中首脳会談を欲する余り、2か月で7人の閣僚を次々に訪中させるなど、前のめりの姿勢である。ブリンケン国務長官は偵察気球問題による延期の末ようやく訪中したものの、あからさまに格下の取り扱いを受けた。レモンド商務長官のメールアカウントは中国からハッキングされたにも拘わらず、同氏は8月27日から北京を訪問中だ。


中国側は、米国をどこまで押せるか、試している。しかし米国側は傍目にも戦略の欠如を思わせる迄の妥協を重ねている。そうした流れの中では中国は対日圧力をさらに強めるだろう。わが国はそれを現実として受けとめることだ。その上で現在の中国とは相容れない事実を直視して、中国の無法に立ち向かうことを行動で示すのが唯一、とるべき道である。

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