闘うコラム大全集

  • 2023.11.09
  • 一般公開

最高裁暴走、国会同意人事で歯止めを

『週刊新潮』 2023年11月9日号

日本ルネッサンス 第1672回


15人の人々が最高裁裁判官という権威の衣をまとって大暴走した。10月25日、現行制度の性別変更要件となっている生殖能力をなくす手術について、最高裁大法廷が示した違憲判断に対する感想である。


これによって、立法府は新たな対応を迫られるが、最高裁判断に従えば、日本社会は異様な変化を遂げるだろう。男性に生まれたけれど「私は女性だ」、或いは女性に生まれたけれど本当は男性だと思う人々は、各人の性自認に基づいて戸籍上の性を変えられる社会になるだろう。そのとき何が起きるか。生まれながらの生殖機能を持ったまま性を変えるのであるから、戸籍上男性になった女性が出産したり、女性になった男性が父親になる事例が生じてくる。


そのとき戸籍はどんな意味を持つのか。結婚、父親や母親、親子関係は戸籍上、どうなるのか。大混乱の末に社会の基盤である戸籍制度も家族制度も崩壊に向かうだろう。


この最高裁判断は日本社会を根本的に変えていく革命的要素を深い底に潜ませている。36頁にわたる決定文全体が、日本社会を変質させようとするリベラル左翼勢力の執拗で暗い意図によって貫かれている。


基本的に穏やかで善意に満ちている日本人は、ここに至るまで、日本社会の美点に十分目を向けて、それを守ろうと強く戦うかわりに、世界の左翼リベラル勢力が圧倒的影響力を持つ国連人権理事会をはじめ特定の勢力の日本非難や批判をそのまま受け入れて、変えてはならない点まで含めて日本を変えてしまったのではないか。最高裁の15人は世間の実情に疎いゆえか、性善説に基づいた主張を展開しており、これでは左翼勢力の企みには気づかないだろうと思わせられる。


最高裁は表面的事象にのみとらわれ、その背後にある国民の懸念や苦悩を見ようとしない。今回の判断でも、たとえば文部科学省が平成22年以降、学校教育の現場で性同一性障害を有する児童生徒の心情等に十分配慮するよう教育委員会や教職員向けのマニュアル作成を促した、と指摘する。また、厚生労働省も労働者募集、採用選考基準において性的マイノリティを排除しないよう事業主に求めた、岸田文雄政権もLGBT理解増進法を成立させたとして、これらゆえに性自認による性別確立への支持は拡大中だと説明するのだ。


確かに10年以上前、文科省の指示から始まった幼い小学生たちへの指導はどう見ても行き過ぎだった。学校側、とりわけ日教組系の教師らは性行為を人形を使って説明したりした。保守系の議員や教育者、言論人の反対でこれら目に余る指導はある程度阻止できたとしても、文科省の指導があったという事実は残った。厚労省の指導もLGBT理解増進法も、それらに対する日本社会全体の反発や懸念がどれほど強くとも、最高裁はそうした国民の想いには目を向けず、お役所や政府の決定だけをとらえて、リベラルな方向に傾いてきた。


行き過ぎがもたらす弊害


安倍晋三総理と共にリベラル勢力と果敢に戦ってきたジャーナリストの石橋文登氏が、10月27日の「言論テレビ」で語った。


「この10年以上、わが国では性の解放や過激な性教育、ジェンダーフリー、LGBTの運動が続いてきました。左翼勢力の狙いは戸籍制度と家族制度の崩壊です。レーニンがやったのと同じことです。LGBやトランスジェンダー問題の先で、間違いなくわが国は同性婚を主張する勢力の波に見舞われるでしょう。今回の最高裁判断に強い警戒心を抱かなければならないと思います」


最高裁判断には根本的な違和感を抱かせる点が幾つもある。まず最高裁の裁判官全員が国際社会の実態を全く勉強していないことだ。「現在では、欧米諸国を中心に、生殖能力の喪失を要件としない国が増加し、相当数に及んでいる」と決定文は書いた。確かに欧米にはわが国のはるか先を行った国々がある。しかし、彼らは今、行き過ぎがもたらす弊害に驚いて元に戻そうとしているのである。昨年夏から女子トイレの設置義務を復活させ、女子刑務所には男性器を持ったままのいわゆる法的女性は入れないなどと決めた英国はその一例である。


「性同一性障害特例法を守る会」代表で、男性から女性になる性転換手術を受け、戸籍上も女性になった美山みどり氏が語った。


「性転換の手術要件を違憲とした判断に愕然としています。これまでに約1万3千人が手術を受けて法的にも性転換をしてきました。私たちは男性器を取ることで周囲の人々、とりわけ女性たちに受け入れてもらったと思っています」


世間知らずで勉強不足


美山氏は男性器を持った女性の存在に普通の女性たちが抱く強い不安感を、最高裁が全く理解せず、女性たちの不安を軽視していると断じた。氏は自身が手術を受けたことについて、次のように語った。


「私たちは自分たちの持っている男性の性器に強い嫌悪感を持っています。ですからそれを取ることは、男性性からの解放で、自分の体に納得するための大事な事業なのです。戸籍の変更はおまけにすぎません」


最高裁判断に対して多くの女性が抱く不安感や怒りが自分たちに向かってくると、美山氏は感じている。その意味で最高裁判断は、真剣に社会の一員として生きていこうと考えている自身らを窮地に追いこむ異常な判断だと論難するのだ。


最高裁は美山氏ら1万3千人以上の当事者の言い分には全く耳を傾けていない。たった1人の、私たちにはどんな人物かも殆んど知らされていない人物の主張に基づいて、社会の実態も国際社会の新しい傾向も知らない、世間知らずで勉強不足の15人の裁判官が一方的に示したのが今回の判断である。こんな人々が日本社会を根幹から変えるのを許容するわけにはいかないだろう。


民主主義国においては立法、行政、司法の三権が互いにチェックし合いながら程よいバランスを保つことが大事だ。日本では今、国民の代表である議員が国会で論議して決定した法律を、司法が違憲だとして根本から否定した。このように司法は立法府にも行政府にも強い力で介入できる立場にある。だが、司法に対するチェックは立法府にも行政府にもできていない。バランスを欠いていること、甚だしい。


そこで重要なのは、司法へのチェック機能を強化することだ。現在、最高裁人事は内閣が任命して、約10年毎に国民審査を行うだけで、私たちは最高裁の裁判官である長官や判事について殆んど知らない。日本国の土台を変えるような判断をよく知らない人物らに任せるわけにはいかない。その人物らが真に最高裁裁判官に相応しいのか、公開の場で十分な時間をかけて審査することが大事だ。最高裁裁判官については最低限、国会同意人事にすることが絶対に欠かせない。

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