元気になるメルマガ

  • 2013.06.24
  • 一般公開

未明さんとの出会い

 人生には時々不思議な出会いがあります。さかもと未明さんとの出会
いもそうでした。

 暫く前のことになります。昨年12月、その前月に亡くなった政治評
論家の三宅久之さんのお別れの会がありました。

 会場は美しい花で飾られ、三宅さんの奥様が見事な晴れ着姿を御披露
なさったのです。まるでこれから御夫婦揃って晴れの舞台に登場なさる
かのように、奥様は上品に華やいでいらっしゃいました。奥様の装いは、
どんなときにも明るく楽しいことがお好きだった三宅さんの気持を思っ
てのことでした。

 三宅さんのお人柄を慕う人たちが沢山集まりましたが、事前に賑やか
な会にしたいとの連絡があったせいでしょうか、お別れの会らしくない
明るい雰囲気が満ちていました。祭壇の三宅さんの遺影は、いまにも元
気なお声が聞こえてくるように健康そうで、会場の様子を見て、喜んで
おられるような笑顔でした。

 自民党総裁の安倍晋三氏がまず挨拶しました。第1次安倍内閣で失敗
して、これから自分はどうしたらよいのか、失意のどん底にいたときに
一番先に駆けつけて励ましたのが三宅さんだったそうです。自分の失敗
を率直に語り、三宅さんの親心をユーモア溢れるエピソードで披露する
安倍さんは、12月16日の総選挙で大勝し、次期首相就任がすでに決
まっていました。このような安倍さんの姿に、一番喜んでいたのが遺影
の三宅さんだったと思います。


# 頼りなさそうなシルエット

 その会場で、私の右前方に細いシルエットの女性が立っていました。
とても高いヒールの靴を履いて、少し体がかしがっています。頼りなさ
気な風情で、よく見ると杖によりかかるようにしています。

 帽子というか、形自体が華やかで、しかし、色彩だけは黒に近い、ヴ
ェール風のかぶり物で髪を飾っていました。その女性の周りだけ、空気
の隙間が出来て、真空の空間が生まれている印象でした。

 そのとき私の脳裡に、ある対談の記事が浮かびました。中條高徳さん
が入院なさったときに、病室で行われた対談です。中條さんは私が最も
尊敬する立派な日本人のお一人です。アサヒビールの名誉顧問をなさっ
ていて、今年86歳です。

 その中條さんが、入院中であるにも拘わらず、とても楽しそうに、私
の知らなかった多くのことを含めて、沢山の会話をしておられた、その
お相手の女性がさかもと未明さんでした。

 実は、私はそれまで彼女のことは知りませんでした。けれど、対談を
読んで、本当に素直な方なのだと感じ、とても好きになりました。対談
で未明さんは御自分の失敗談を率直に、よいことも悪いことも含めて赤
裸々に話していました。未明さんを貫いていたのは純粋さだと感じまし
た。発想も対応も純粋で、余りに正直で、結果、世間の常識から外れて
しまう。本人は傷つき、理不尽に思うけれども、それでも常識とはソリ
が合わない。いいえ、常識に合わせようにも合わせられないのです。

 そんな未明さんを、中條さんはまるで孫娘のように慈しんでおられま
した。

 三宅さんのお別れの会の会場で、右斜め前にひとりポツンと立ってい
る女性を見て、対談の写真の女性(ひと)ではないかと思いました。お
体が弱いということ、歩くのも不自由だということなどが記憶に残って
いました。斜め前の女性は杖に頼っています。

 お会いしたことはないけれど、この人はきっと未明さんに違いない。
私はそっと近づき、声をかけました。

「あの...櫻井よしこです。さかもと未明さんですか」

 女性は振り向き、パーッと明るい笑顔になりました。

「あっ、櫻井せんせえ!」

「せんせえ…」と呼ばれると戸惑いますが、未明さんは、少し甘ったる
さがまとわりつく声で、そう言いました。

 私は、未明さんと中條さんの対談記事を読んだことなどを話し、彼女
が中條さんとのことを話している内に、私はもうひとつ思い出しました。
そうだ、彼女は結婚したのではないか、お相手の奥様には訴えられたの
ではないか。読んだ記事の記憶が戻ってきたのです。それで言いました。

「御結婚なさったのね、おめでとうございます」

 すると未明さんは、これ以上ないと思われる無条件の喜びに満ちた驚
くような目の輝きを見せて、応じたのです。

「ありがとうございます! せんせえ、結婚式に来ていただけますか?」

 思わず、惹き込まれて私は言いました。

「はい」

 あんな無邪気な喜びの目で見つめられたら、だれでも私と同じ返事を
したことでしょう。こうして私は、初対面の方の結婚の披露宴にうかが
うことになったのです。


# 英霊の前での誓い

 東京椿山荘で行われた6月某日の披露宴の前に、未明さんについて色
々知っておかなければならなかったのでしょうが、私は十分な予習がで
きませんでした。結局、彼女について知ったことといえば、漫画家では
あるけれど、ファッションにも、絵にも、歌にも、幅広く感性鋭く活躍
していること、飛行機の中で赤ちゃんの声に耐えられなくて”取り乱す”
というようなこともある方、という非常に断片的なことでした。

 でも、或る意味、それで十分です。中條さんとの対談を読めば、彼女
の芯の部分が見えてきます。基本的なところがわかっていればそれでよ
いと思いました。それに私は、きっと会場で中條さんにもお会いするだ
ろうと、むしろそのことも楽しみでした。

 当日、椿山荘は多彩な人々で溢れていました。披露宴では中條さんが
御挨拶なさり、こう仰いました。

「今日、未明さんは大変な決意で式に臨まれました。英霊240万人の
前で結婚を誓ったのです。私はただ、心からお目出度うと申し上げたい。
皆さん、お二人を見守ってやって下さい」

 日本と古里、家族を守るために戦った英霊の御魂の前で、二人は共に
扶け合い、添い遂げますと誓ったわけです。本当に好い加減ではできな
いことです。

 中條さんのスピーチはとても簡潔でしたが、会場の人々を粛然とさせ
る、真剣で心のこもった中條さんらしいスピーチでした。


# 波乱の人生

 未明さんから戴いた引出物に、『SHOW CASE』という自伝が
入っていました。魅惑的な幾葉もの写真のあとに、子供時代のこと、御
両親のこと、酒乱でDVの父とそれに耐える母のこと、「十八歳で生き
ることをやめてしまった」友人のことなどが素直な言葉でつづられてい
ました。

 そして、その後の彼女の起伏に富んだ人生のことも。

 彼女は漫画家となって、とても売れ始めたけれど、納得のいく作品を
生み出せないできたと告白し、こう書いています。

「誰に読んでもらえなくても、印刷されなくてもいいから書かなくては
ならないものを書く。でもそれが価値あるものだったら、人に力を与え
る作品になっていれば、必ずそれは世に出るはず。やっとそう思えたの
は四十四歳のとき。

 膠原病だとわかって、手足も動かなくなりはじめて、もうあと何作発
表できるかもわからない。そんな崖っぷちまで追い込まれてやっと私は
『神様はいじわる』を書き上げることができた」

 でもそこに辿りつくまでに彼女は酒にのまれ、「いちばん憎んでいた」
父と同じ振る舞いを周囲の人にしていました。しかも、そのことをひと
騒動おこしたバーのママから突きつけられた絶交状によって初めて気づ
かされたのです。やがて未明さんは、こうした一連の問題が彼女の病気
と深く関係していることに気づきます。

 彼女は膠原病を患うだけでなく、ADHD(注意欠如・多動性障害
Attention Deficit / Hyperactivit
y Disorder)とアスペルガー症候群が合併した「れっきとし
た精神病患者」だったというのです。

 そんな中で未明さんは武田茂さんに出会いました。彼女が「兄ちゃん
」と呼ぶ武田医師は、第三者も交えて4回しか会ったことのない未明さ
んのために、彼自身、未明さんに好きだという言葉を発したことも、そ
んな素振りを見せたこともないにも拘わらず、家族と財産を捨てました。
そして未明さんに尽しました。

 そのことに第三者として口を挟むことは到底、できません。ただ、武
田さんも、奥様も、お嬢さんも、そして未明さんも、それぞれの思いに
誠実な人々であることは、伝わってきます。これ以上のことはSHOW
CASEに譲るとして、披露宴での武田さんは未明さんの心優しい保
護者のようでした。難病を患い、独り取り残された気持に陥っていた未
明さんの、これからの人生の、この上ないパートナーであり続けるだろ
うと思わせられる方でした。


# 自らを偽らず

 未明さんは、信じられる人がいて、素直に生きることができることで、
いま、これまでの人生の中で最高に幸福だと書いています。そうだろう
と思います。

 披露宴にお邪魔しただけなのに、未明さんについてこんなことを言う
のはおこがましいかもしれませんが、それでも人生は、いろいろな挑戦
をつきつけてくると思います。人生って、そういうものだと思います。
でも、未明さんはその一途な純心さゆえに、傷つきながらも、それによ
って道を切り開いてきました。

 未明さんの生き方は、自分の心を見詰め、自分の心に正直であること、
自分に偽りを言わないということが原点でしょうか。それは本当に勁い
力を与えてくれることだと、改めて思います。

                           櫻井よしこ


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