闘うコラム大全集

  • 2014.01.16
  • 一般公開

奏功せず、中国の「靖国参拝」政治利用

『週刊新潮』 2014年1月16日号
日本ルネッサンス 第590回


安倍晋三首相が靖国神社及び鎮霊社に参拝し、直後の取材で表現を変えながら「不戦の誓い」を3度口にした翌朝、官邸前に「安倍総理、参拝して下さってありがとう」と書かれた幕を掲げた人々が集った。

首相自身はこの日早朝から宮城の被災地に出かけており、〝官邸前のデモ〟を見ていないが、自民党総裁特別補佐の萩生田光一衆院議員はこれを感慨深く眺めたという。

どの国でも指導者が国に殉じた人々の魂に敬意と感謝を捧げるのは当然である。当然の慰霊に感謝のデモが生まれたのは、当然のことが出来なかった状況を安倍首相が打ち破ったからで、首相参拝を切望する国民の想いの深さを示すものだった。

だが、中国は靖国問題をあくまでも政治利用する。12月26日、首相参拝直後に中国外務省の秦剛報道局長が非難の談話を発表した。要は、「日本の指導者が歴史の正義と人類の良識に挑戦した」「日本の軍国主義に対する国際社会の正義の審判を覆そうと企んでいる」というのだ。国際社会の戦後体制をひっくり返す悪者が日本だというわけだ。

28日には楊潔篪国務委員が「安倍氏は過ちを認めて正し、実際の行動で悪い影響を取り除かなければならない」と発表した。

これを「朝日新聞」は29日付で、副首相級の国務委員の談話発表は小泉純一郎元首相の参拝の時にもなかった、中国政府の強い抗議を示すものだと解説した。中国総局長の古谷浩一氏は中国側発言を31日付でざっと次のように報じた。

〈中国政府関係者は「米国はじめ国際社会が日本を批判してますよ」と念を押すように語る。秦剛報道局長は「最後に勝つのは中国だ」と述べ、わざわざカメラの前でVサインをして見せた。安倍政権の動きは「戦後の国際秩序への挑戦だ」と国際社会に呼びかけてきたことに、中国外交は自信を持ち始めているのかもしれない〉

日本包囲網形成戦略

確かに、東京の米国大使館及び米国務省による「失望した」との声明は中国にある種の「自信」を与えただろう。それにしても古谷氏の書き振りは、まるで、中国の対日攻勢の高まりを望むかのように読める。

同じく30日、「自信を持ち始め」た中国は、諸外国への電話攻勢に乗り出した。王毅外相はまずロシアのラブロフ外相と協議し、「中国と完全に認識が一致する。日本が誤った歴史観を正すよう話す」との言葉を引き出し、対日共闘を確認した。

続いてドイツ外相、ベトナム外相、31日には韓国の尹炳世外相、米国のジョン・ケリー国務長官とも電話会談した。日本追い込みに中国が全力で取り組んだのだ。

一連の外相会談で明確な日本非難の言葉を発したのがロシアだ。中国は尹韓国外相も厳しい立場を表明したと発表した。尹外相は日本を非難したが、韓国外務省は韓中会談では北東アジア情勢で意見交換したとのみ発表した。

ドイツ、ベトナム、米国との協議は「日本問題」での意見交換と発表された。中国が音頭を取った日本包囲網形成戦略は奏功しなかったと見てよいだろう。他方、東南アジア諸国の反応は大概冷静だった。

それでも靖国参拝を対日歴史非難の国際連携の軸にしたい中国は1月2日、イギリスの「ガーディアン」紙に駐英国大使の劉暁明氏の主張を投稿した。「中英は共に戦い勝利した」という900語の長い主張は、「ハリー・ポッター」に登場する悪魔の引用から始まり、靖国神社こそ、「あの国(日本)の魂の最も暗黒なる部分」だと決めつけている。

以下、劉大使の主張の要点である。

①A級戦犯14名を祀る靖国神社は侵略戦争遂行の精神的シンボルだ。
②参拝は国内問題でも個人の問題でもなく、日本の指導層が国連憲章及び平和維持の原則に従うのかが問われている。安倍氏は軍国主義台頭の亡霊を呼び起こした。
③13年5月、安倍氏は「731」と書かれた軍用機に乗り、中韓を深刻に侮辱した。中国を脅威として印象づけ、地域の緊張を高め、日本の軍国主義復活の口実にしている。
④米国が与えた平和憲法を修正しようとする安倍氏を、世界は大いに警戒すべきだ。
⑤過去を反省せず、かつての危険な道を進もうとする日本を、国際社会は高度に警戒すべきだ。
⑥同盟国として共に侵略者日本と戦った中国と英国は日本の行動を許してはならない。

劉大使の主張の間違いなど指摘すべき点は多いが、今回は、「ガーディアン」がこれをどう評価したか、社説だけを紹介する。社説のタイトルは「中国と日本、ポットとヤカン」、つまり、「どっちもどっち」という意味で、劉大使の主張と同じ日の掲載である。

正確な事実こそ…

〈1931年の満州事変から45年の広島、長崎、中国の内戦終了の49年まで惨状は続いたが、日中両国は共に「西方とロシア」からの脅威に怯え、富国強兵に走った。時期は異なるが、両国は生存のために自らが必要と考える領土領海領空を物理的に所有すべきだと考えた。その目的に殉じた兵士を祀るのが靖国神社であり、中国の戦争記念館だ。侵略者は日本で、その残虐行為は周知である〉

社説はこの後、中国に言及する。

〈戦後になっても、中華帝国がかつて自国領としての権利を主張したすべての領土への支配を取り戻す中国の動きは止まらなかった。中国の絶対専制主義的信条は消えていない。安倍首相の靖国参拝への中国の怒りには多少の正当性があるにしても、その怒りは非寛容極まる。中国は日本の挑発と言う。しかし尖閣周辺に軍事力を集中させるという自身の挑発に、中国は言及しない。中国は日本が予定する軍事力向上と軍事行動に対する制限緩和に怒りを表明する。しかし自らの空母の訓練には目をつぶる〉

このように、「どっちもどっち」と突き放しながらも、同紙社説は少なくとも、中国の軍国主義的膨張を批判している。大東亜戦争について日本に理解を示すことなど金輪際あり得ないのではないかと疑う程、同紙の普段の論調は日本に厳しい。その新聞にして、中国が必死に広める日本悪者説を受け入れていないことに、私は意外の感を抱いた。むしろまともに中国の非を指摘している。これはガーディアンの日本理解が進んだというよりも、彼らが中国の横暴に気がついたということだろう。

突然の防空識別圏設定以降、欧米のメディアの中国分析には鋭さと厳しさが目立つ。もはや中国の正体は誰の目にも隠しきれない。であれば日本は、参拝に関する考えや正確な事実関係の情報発信を続けて中国の実像をもっと世界に広めればよい。正確な事実こそ、日本の最強の味方であると改めて学んだのだ。

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