闘うコラム大全集

  • 2016.06.09
  • 一般公開

世界でナショナリズム台頭へ

『週刊新潮』 2016年6月9日号

日本ルネッサンス 第707回


11月のアメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプ氏対ヒラリー・クリントン氏の一騎打ちになった場合、支持率は45%対42%でトランプ氏が勝利し、両氏に加え、第3の政党「リバタリアン党」のゲーリー・ジョンソン元ニューメキシコ州知事が参戦する場合、3氏の支持率は各々42%、39%、10%で、これまたトランプ氏が勝利するという。これはFOXテレビの世論調査の結果で、5月18日、発表された。

 

トランプ氏がアメリカの大統領となるとき、世界はどのような展開を見せるのだろうか。


「アメリカを再び偉大な国にする」「アメリカを再び繁栄する国にする」などの抽象的な言葉しか語らないと批判されてきたトランプ氏は、約ひと月前の4月27日、大統領になった場合を想定して「外交政策」を発表している。

 

チャールズ・クラウトハマー氏はそれを「ガラクタ(jumble)」だと切って捨てた。氏はピューリッツァー賞を受賞した政治評論家である。

 

トランプ氏は外交政策の冒頭で、「アメリカ第一」を唱えているが、考えるまでもなく如何なる国においても、政治、外交、安全保障はすべて国益のためにある。歴代のアメリカ大統領も皆、国益を優先してきたはずであり、アメリカ第一は当然である。クラウトハマー氏はその意味でトランプ氏が「アメリカ第一」を強調するのは無意味だといいつつ、アメリカは本来、外交に殆ど興味を抱かないできた国だと指摘する。

 

アメリカを地政学的に見れば外交に強い関心を抱く必要がないのである。かつてビスマルクが指摘したのは、アメリカは南北を(メキシコとカナダの)二つの弱い国に、東西を魚の泳ぐ海に囲まれたとても恵まれた国だという点だ。それ故に外交に興味を抱かずとも、或いは同盟国など持たずに孤立したとしても、何ら不具合はないのだ。


アメリカに帰ろう

 

しかし、歴史が示しているのは孤立は必ずしもアメリカの安全につながらない。とりわけ、核ミサイルや国際テロの時代となった今日、孤立は安全を保障する具体策ではあり得ない。それでも孤立主義と背中合わせのアメリカ第一主義はアメリカ社会の根底に存在し、時代と状況に刺激されて表面化する。1940年のアメリカ第一主義委員会の設立もそうだった。しかしこれは41年12月、日本が真珠湾を攻撃した4日後に解散した。

 

いまトランプ氏が過激で野卑な言葉で語るアメリカ第一主義は、表現は全く異なるが、オバマ氏が説く外交、安全保障政策と本質的に同じなのである。

 

クラウトハマー氏は、オバマ大統領が09年12月にアメリカ陸軍士官学校、いわゆるウエスト・ポイントで、「私が最も関心を抱いているのはわが国の建設である」と語ったことを指摘する。オバマ大統領はトランプ氏同様、アメリカは世界に手を広げすぎ、対外投資をしすぎたという考えに駆り立てられているとの分析である。

 

トランプ氏の発表した外交政策は「ガラクタ」ではあっても、氏の唱えるアメリカ第一主義は40年代にアメリカ社会の表面に浮上し、90年代には共和党候補として大統領選に挑戦したパット・ブキャナン氏が標榜し、或いは、現在共和党上院議員を務めるリバタリアン(自由至上主義者)のランド・ポール氏らの考えにもつながる。

 

トランプ氏の発言はその場その場の即席でなされ、従って内容も曖昧で矛盾が目立つ。要は、どんな外交政策に落ち着くのか、氏の語る政策目標はどのように具現化していくのか、よく見えないのである。

 

しかし、ブキャナン氏が11年夏に出版した著書『超大国の自殺』を読めば、この書の中の主張からトランプ氏が多くを借りているのが見えてくる。

 

ブキャナン氏は盛んに「国家主義の復活」や「民族国家主義の高まり」を強調し、それが「ポスト・ポスト冷戦時代」の特徴だと主張する。アメリカはグローバリズムを超えて、20年前に祖国と自国の国民を第一に考える作業を始めるべきだったというのだ。

 

氏はまた、幾度となく繰り返していう。外の問題から手を引こう、いますぐに。アメリカに帰ろう、いますぐに、と。

 

インドシナとアルジェリアでの戦争によって「フランス帝国」の威信が低下したように、イラクとアフガニスタンでの戦争がアメリカの威信を低下させたとして、対外関与も同盟関係も、以下のように見直すべきだと書いている。

 

まず、冷戦時の敵であったロシアに関して、ブキャナン氏は、レーガン大統領は旧ソ連が崩壊したとき彼らをアメリカの「戦略的パートナーならびに同盟国」として取り込むべきだったと振り返り、「そこには合衆国の2倍の大きさを持つ大国、もはや互いに争いのない、友情に手を伸ばしてくる国があった」と悔いている。


「自分自身で守れ」

 

ロシアが影響力を保ちたい、つまり支配下に置きたいと考えているバルト3国やウクライナ、グルジア(ジョージア)などの命運に、アメリカは無関心ではないが、ロシアとの戦争のリスクを負ってまで守る国々ではないとする。その一方で、ロシアはコーカサスと極東で近未来に中国に領土を奪われてしまうのもほぼ確実だが、このような問題はアメリカにとって全く無関係な問題だと切り捨てる。

 

トランプ氏の主張はここまで明確ではない。しかしロシアと敵対せず、緊張緩和で平和的関係を築くのがよいとの主張の大枠はブキャナン氏のそれと同じである。

 

NATOについては、冷戦が終わったのであるからNATOとヨーロッパの米軍基地は全て欧州人に返上してアメリカに帰ろうと、ブキャナン氏は提唱し、トランプ氏はNATO諸国が応分の負担もせずに安全保障でアメリカに頼っていることを強く批判する。

 

ブキャナン氏は、日本と韓国には「自分自身で守れ」と要求する。米軍は朝鮮半島から完全撤退すべきであり、日本も同じだとしたうえで、「われわれが防衛している自由主義国家が、自ら核抑止力を開発できる能力があるのに、なぜアメリカが核戦争のリスクを背負い続けなければならないのか」と問う。トランプ氏も全く同じである。

 

このような主張のトランプ氏が大統領となる可能性、EU諸国がそれぞれの国内で極右勢力の台頭に直面している現実を見ると、いま世界に出現しているのは、グローバリズムの対極にあるナショナリズムだと明言できるのではないか。こうした中で、各国は自らの力で自らを守らなければならなくなる。日本にその認識と覚悟はあるか。そのことをいま厳しく問わなければならない。

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