闘うコラム大全集

  • 2021.06.10
  • 一般公開

ワクチン接種と五輪を支える自衛隊

『週刊新潮』 2021年6月10日号

日本ルネッサンス 第953回


だれか黙々と働く人がいて世の中は成り立っている。その縁の下の力持ちに国民も社会も国も感謝してこそ、健全な国が創られる。それが本来の日本、勁い国の姿であるはずだ。


「朝日新聞」が5月26日の社説で五輪中止を菅義偉首相に求め、理由の第一に「健康への脅威」を挙げた。万単位の人々が世界からやってきて、ウイルスが広がっていくとの懸念を朝日は強調した。


だがこの1年間、世界では430の国際スポーツ大会が選手5万4000人の参加を得て開催された。テニスの全米、全豪、全仏オープンやサッカーのクラブワールドカップ、ゴルフのマスターズをテレビで見た方も多いはずだ。いずれの大会でもウイルス拡散はなかった。東京五輪はこれらの世界大会に学び、対策をさらに厳しくした。


選手ら来日者全員に出発前の4日間で2回のウイルス検査を義務づけ、出発前の空港では陰性証明の提示が義務化された。日本入国時に検査し、入国後3日間は自室に隔離され毎日検査を続ける。空港から宿舎、ホテルへの移動、練習会場、試合会場への移動も全て専用車輌や専用バスに限定し、公共交通機関の使用は認めない。外国の人たちを泡のように包み込み、動きは特別の動線に従ってもらう。基本は一般の日本国民と接触させないことだ。これを「バブル方式」と呼ぶ。違反者には帰国のペナルティも考慮中で、かなり万全な対策だと思う。


朝日は医療の逼迫も懸念する。しかし、日本の組織委員会と各国の五輪委員会(NOC)が合意し、NOCが各々の随行医療専門家をふやして日本の医療負担を軽減することになった。日本への入国予定者は当初の18万人から7万8000人に減らし、その80%がワクチンを接種済みで来日する。万が一、問題発生のときは五輪選手らのコロナ医療はスポーツドクターが担当し、国内のコロナ医療への新たな負担は生じさせない仕組みだ。


日本の当事者たちは本当に頑張っている。だが、朝日は「人々が活動を制限され困難を強いられるなか」五輪開催の意義はあるのかと問う。人々の活動が制限され困難を強いられるのは武漢ウイルスに打ち克つためであり、朝日の主張は後先を間違えているのではないか。


必死の努力


後述するように菅首相は、まず一番リスクの高い高齢者にワクチンを行き渡らせ、最大の危機を乗り切ろうと必死の努力をしているではないか。欧米諸国に較べても日本国も日本国民もよくやっている。あとひと息ふた息頑張って、ワクチンを打ち、皆でコロナを乗り越え、五輪開催を実現することで日本の力が証明される。人類が予想もしなかった、武漢ウイルス襲撃の中でのスポーツの祭典としての五輪開催の意義は、そこにこそあるのではないか。


朝日は前向きのことは殆ど書かず、五輪中止の主張を喧伝する。日本共産党や立憲民主党と同じく、政局狙いではないのか。仮に五輪が頓挫しても、それは本来菅首相の責任ではない。むしろ小池百合子都知事の責任だが、朝日は間違いなく菅首相の責任問題を持ち出すだろう。そこでどれだけ菅首相が努力しているかを見てみよう。


あらかじめ断っておくが、私はこれから述べることに強い違和感を抱いている。ただ首相が国家、国民のために必死の努力をしていることは認めたい。


現在、医師には1回のワクチン注射で2070円が支払われる。時間外なら2800円、休日なら4200円になる。1回の注射料としてはかなり高いと思うが、なぜか、接種に医師らの協力はあまり得られなかった。業を煮やした首相は自衛隊の医官の活用を打ち出した。日本に1000人しかいない医官から80人を選抜し、東京と大阪に振り分け、日々1万5000人の接種を目指したのは周知のとおりだ。


日本に危機や有事が発生するとき、最後の拠り所が自衛隊である。中国の脅威増大の前に、ただでさえ人員不足で大変な自衛隊から医官や看護官を引き抜いて武漢ウイルスとの戦いの現場に投入したのは、政府にとって一大決心だったはずだ。


本来ならこの決断を見て、東京都医師会や日本医師会が改めて傘下の開業医にワクチン接種への協力を大いに勧めてくれればよかった。


ここで再び明確にしておきたいのは、コロナ発生時から献身的に診療活動に参加してくれた医師は少なくないということだ。問題は日本医師会や東京都医師会なのだ。彼らが組織として十分な協力をしてくれたとは到底言えない。医師にはワクチンを優先接種したにも拘わらず、東京都医師会の場合、5月4日時点で接種に協力していたのは全体の22%にとどまっていた。


あまりにも非常識な差


政府には医師会への命令権がないため、打つ手は限られている。そこで5月25日、医師への奨励金上積みを決めたのだ。1回のワクチン注射に最高で4200円が支払われることはすでに述べた。これをさらに高くし、いくつかの条件さえ満たせば1回の注射で最高7200円が支給されることになった。この高額提示に、消極的だった医師らも前向きになったといわれる。


そこで菅首相に質したい。命の問題であるからワクチン接種を急ぐのは当然だが、人をカネで動かすような手法でよいのか、と。お金の使い方は実に難しく、お金で動く人も組織も危うい。医師会にも問いたい。医師会や医師のモラルはこれでよいのか。私は強い違和感を拭いきれないでいる。


菅首相は政権全体の力を結集して国民の心に訴えかけるべきだ。いま、コロナ禍を脱する唯一の手段はワクチンしかない。一日も早く接種を終えて落ち着いた日々を取り戻したい。そのために医師は使命を果たしてほしい。国民を守ってほしい。国民もあとひと息ふた息の辛抱だ。どうか頑張ってほしい、と、首相が自ら語るのがよい。


もう一点、是非言いたい。黙々と働く自衛隊医官と看護官の処遇である。ワクチン接種でまさに縁の下の力持ちとなっている彼らには、1日3000円か1620円が支給される。国家公務員であることに加えて、ダイヤモンド・プリンセス号で患者の診療などに当たったとき1日4000円、あるいは3000円支給したことを鑑みたそうだ。


民間の医師への手当てと較べてあまりにもおかしい。このあまりにも非常識な差を埋め合わせるには、自衛隊の隊員全員にわかるように、明確かつ深い感謝を表現するしかない。


国家公務員の中で使命達成に身命を賭すと宣誓するのは自衛官だけだ。政府の命令にひたすら従い、国民を守ってくれる彼らへの感謝を広く形にすべきだ。そのひとつは、この際統合幕僚長を認証官にすることではないか。

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