闘うコラム大全集

  • 2025.09.18
  • 一般公開

石破氏、嘘と80兆円の負の置きみやげ

『週刊新潮』 2025年9月18日号

日本ルネッサンス 第1163回


ようやく辞めた。


9月7日夕方、遅きに失した石破茂首相の辞任表明は、自民党議員によるリコール回避のための窮余の策だった。世の中の多くの人々が歓迎する石破退陣で東京株式市場は急騰し、各種指数は史上最高値を更新した。


会見によって石破氏は徹頭徹尾虚言を弄する人物であることが改めて鮮明になった。辞任表明は典型的な石破構文から成る冗長な偽りに満ちていた。「私は地位に恋々とするものではない」と言ったが、恋々として、総裁選前倒しを求める議員らに解散するぞと脅しの電話をかけたのは石破氏自身だ。首相の脅しは効かず、解散について閣僚らの賛成は得られなかった。逆に解散に拘るなら石破氏を除名するとの声まで上がった。


日米関税交渉に一区切りがついたことが辞任の決意につながったと語ったが、これも嘘だ。石破氏はドナルド・トランプ氏への親書を赤澤亮正経済再生担当相に託し、米大統領の訪日を要請したことを認めている。関税交渉完結を謳った大統領令にトランプ氏が署名したとき、まだ続投するのかと記者に問われ、「(それは)関わりのあることではない」と石破氏は語った。関税交渉の区切りゆえに辞任を決意したというのは偽りである。


石破氏が胸を張る関税交渉の結論は、日本の国益を損ねるだけの内容だ。自動車の税率を15%にしたというが、それも5500億ドル(約80兆円)の投資次第である。


80兆円の投資について、9月5日(米国時間)発表の米国側ファクト・シートには「日本によるトランプ大統領への歴史的な5500億ドルの投資約束は、トランプ大統領が選定する米国プロジェクトに投資され、将来世代にわたり米国の繁栄を確保する」と明記された。大統領令にも同様の内容が記され、日米の約束は「米国史上いかなる協定とも異なる」、即ち極めて特殊な協定だとして称えられた。


不平等条約を連想させる


何がどのように特殊なのか。石破氏も赤澤氏も全く説明しないが、とんでもない内容であることが米側発表の資料によって判明した。赤澤氏がラトニック商務長官と交わしたMOU(Memorandum of Understand-ing)、即ち覚書は日米両政府の合意として正式に発表されたが、それによると、⓵日本は2029年1月19日のトランプ大統領任期終了までに5500億ドルを投資する、⓶米国は商務長官が議長を務める投資委員会を設置し、同委員会が投資案件を推薦する、⓷その下に日米双方が指名するメンバーで構成する協議委員会が置かれ投資委員会に助言する、⓸米国は日本に米国の望むプロジェクトと投資額を提案する、⓹日本は約2か月以内に回答し、必要な資金(米ドル建て)を投資促進機関に振り込む、⓺日本はプロジェクトを拒否する権利を有する。ただし、その場合、米国は日本からの輸入品に関税を課す、⓻投資額を回収するまでは、プロジェクトの利益を日米で均等に分配する。その後は、利益の90%を米国に、10%を日本に分配する。


80兆円をむしり取られるような右の協定は明治開国前、わが国が強いられた不平等条約を連想させる。赤澤氏はなぜ署名したのか。なぜ石破氏は了承したのか。


覚書の内容を吟味すると幾つもの問題が見えてくる。まず、トランプ氏の任期中に80兆円を投資しろと言われている。実質あと3年、年間27兆円規模だ。それは達成可能なのか。日本も加わる協議委員会が考え(⓷)、⓶の投資委員会に助言するが、最終決定は投資委員会のトップ、ラトニック商務長官が下す。そこには日本国の国益や日本企業の利益を担保する仕組みがない。


米国側が決めたプロジェクトを彼らは日本に提示し、投資すべき金額まで言い渡す(⓸)。それに対してわが国は2か月以内に返答する。「ノー」と言うことはできるが、その場合は関税を上げられてしまうのだ。


日本人である私の中に憤りが湧いてくる。こんな協定を結んだ石破政権は赤澤氏も含めて国賊である。日米関係に詳しい実業家のジョセフ・クラフト氏が本音で語った。


「ここまで鵜呑みにする政権かと驚きました。彼らはただ、自動車関税を15%にしたいだけ、それだけを目標にしたかのようで、日本の国益を守れていません」


これまで石破政権は国民に全く異なる説明をしていた。クラフト氏も日本政府筋から聞いてきた説明とは全く異なる展開になっていると語る。


政府筋がこれまで言っていたのは、米国への投資は米国のインフラ整備に関わるものであると同時に、対中国で日米の立場を強化するものであること、日米双方にとって利益を生むものであること、従って米国側が望む分野への投資であっても、日本の企業がまず、そこに勝機があるかどうかを判断して投資の可否を決定する。投資資金は企業の有する民間資金であり、税金ではない、ということだった。


「素人に等しい人材」


さらに日本政府は日本企業による右の対米投資に関して国際協力銀行(JBIC)が必要に応じて支援する、或いは投資リスクに対応するために日本貿易保険(NEXI)が保証するというものだった。重要な点は投資するか否かはあくまでも日本企業の判断だという点だ。


しかしラトニック氏と共に赤澤氏が署名した協定は、米国側が一方的に投資先を決める構造だ。なぜこんな失態を演じたのか。赤澤氏には財務、外務、経産各省のエース級の官僚がついている。彼らはなぜこんなに国益を損ねる内容の合意を受け入れたのか。クラフト氏は、赤澤氏がラトニック氏の私邸で2時間にわたって話し込んだことを想起すべきだと語る。


「赤澤さんは2時間もラトニックさんの講義を受けて、そのとおりの内容で対米交渉を押し切られたわけです。日本側の官僚はその席には出席を許されていません」


赤澤氏が完全に取り込まれてしまったということだ。それにしてもエース級の官僚達はなぜ、赤澤氏を止めることができなかったのか。国家基本問題研究所の細川昌彦氏が語る。


「赤澤さんは外交交渉の実績は全くない素人に等しい人材です。当初は各省の助言に従っていましたが、やがて、自分の方が頭がいいと思い始めた節があります。官僚達を強い調子で叱りつけ、助言を無視するようになりました」


石破氏の周りには人材がいない。己れの実力を知らない愚かな政治家、赤澤氏くらいしか側近がいないのだ。


日本国の立て直しは容易ではない。まさに命懸けで国益、国民のために働く、賢く経験値のある政治家は誰か。国民の支持を得られるか否かも重要だ。総合的に考えれば高市早苗氏しかいないのではないか。高市氏は、自分と対立してきた小泉進次郎氏も含めて、全員を包み込む覚悟で、政権を樹立するのがよい。

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