言論さくら組 「前へ、進め!」
闘うコラム大全集
- 2015.01.22
- 一般公開
外交も戦争も全て情報戦が決める
『週刊新潮』 2015年1月22日号
日本ルネッサンス 第639回
お正月休みを利用して、以前からじっくり読みたいと思っていた本を読んだ。米国政治学会会長や米国歴史学会会長を歴任し、1948年に74歳で亡くなったチャールズ・A・ビーアドの・President Roosevelt and the Coming of the War, 1941・(邦訳『ルーズベルトの責任 日米戦争はなぜ始まったか』開米潤監訳、藤原書店)である。
ビーアド博士は614頁に上るその大部の書の中で、あくまでも冷静に正確に、ルーズベルト大統領が如何にしてアメリカを第二次世界大戦に参戦させたかを書いている。
ルーズベルトは1939年の独ソ不可侵条約締結以降、ナチスドイツとの戦争は避け難い、日本との戦争も回避し難いと覚悟していた。しかし、米国民と議会には根強い反戦・厭戦論が存在した。1940年の大統領選挙においても、攻撃を受けない限りアメリカは絶対に参戦しないと、自ら幾十回も繰り返した。公約違反はできない。結果として、彼は本音を隠し続けた。
ルーズベルトとハル国務長官は、国民と議会に対し、アメリカが戦争に向けて準備をしていること、1941年8月のルーズベルトとチャーチルによる大西洋会談ですでに参戦を決めていたことなど、おくびにも出さず、メディアを巧みに操った。
こうした事実を公文書、議会の議事録、報道記事など広範な資料に基づき証明したのがビーアドであり、アメリカが戦争に至った原因は、日独といった枢軸国の行動だけではなく、アメリカにもあるという事実の集大成としての本書である。
本書は、1948年4月に上梓されたが、彼の主張は反愛国主義であると非難され、不買運動まで起きた。アメリカの歴史学会会長としてのビーアドの名声も地に落ち、彼は友を失い、孤立した。
それでも本書はアメリカで版を重ねて読みつがれてきた。本書を貫く冷静さ、事実に沿ってアメリカ外交の実態を描き出したビーアドの知的誠実さゆえであろう。
事実の捏造まで
ビーアドの書は第2次世界大戦に関して私たちが日中戦争もしくは日米戦争に焦点を当てすぎる余り、ともすれば注視しないで終わりがちなヨーロッパ戦争の重要性に目を向けさせてくれる。
チャーチルをヒトラーに勝たせること、イギリスの勝利がアメリカの国益であると確信したルーズベルトが、チャーチルとの意思の疎通を重ねて参戦に傾いていく様が、ビーアドによって明らかにされていく。
ビーアドは取り立てて親日であるわけではないが、歴史を見詰める彼の目の公正さは、枢軸国の一員として絶対悪の存在とされてきた日本の評価を多少なりとも変える力を持つものであり、私たち日本人こそ、この書を読むべきなのだ。
参戦すべきだと確信していながら、前述のように参戦できない要素に縛られていたルーズベルトは、アメリカが攻撃を受けてやむなく参戦に踏み切ったという形を作るために、情報隠しを超えて、事実の捏造まで試みた。たとえば大西洋でのアメリカ駆逐艦「グリアー号事件」である。
事件は1941年9月4日、国籍不明の潜水艦が、アイスランドに向かうグリアー号を攻撃したというものだ。ルーズベルトは9月11日、ラジオ放送で「ドイツの潜水艦が先にアメリカの駆逐艦に発砲した」、「警告もなしに」「計画的にアメリカ艦を沈没させようとした」と、公式に発表した。
ドイツ側はルーズベルトの発表を全否定し、アメリカ上院海軍委員会が詳細な調査に乗り出して、以下のことを明らかにした。
グリアー号はイギリス機から、約10マイル先の海中を潜水艦が航行中と教えられ、その追跡を始めた。追尾は3時間以上続き、イギリス機が爆雷4発を投下、対して潜水艦は魚雷を1発発射し、グリアー号が爆雷8発で応戦した。潜水艦はもう1発魚雷を発射、2時間後、グリアー号は再び潜水艦を見つけ爆雷攻撃をかけたという。海軍委員会のこうした詳しい調査結果は、ルーズベルトの説明が不正確かつ不適切であることを証明してしまった。
このあとも、米海軍艦「カーニー号事件」(41年10月17日)をはじめ幾つかの「事件」が起きた。ルーズベルトは、対ドイツ宣戦布告の正当な根拠を創作しようと試み続けたわけだ。しかし、海軍委員会やメディアの調査によって彼の企みはいずれも自壊し、このとき、ルーズベルトとハルは日本に特別の注意を向け始めたと、ビーアドは書いている。
ビーアドは、大多数のアメリカ人にとって最大の敵はドイツのヒトラーであって日本ではなく、むしろ対日戦を避けることでドイツ戦に軍事力を集中できると考えていたと説く。
絶対にのめない条件
だが、ルーズベルトはそうではない。彼は41年7月には在米日本資産を凍結し、通商を停止し、日本を追い込みつつ、先述の大西洋会談をチャーチルと行ってその後、連邦議会指導者に、「武力戦争」になる最大の危険は極東にあり、「日本が新たな武力侵略を始める可能性は五分五分」と示唆している。
日本に事実上の最後通牒であるハルノートを突きつけたのは41年11月26日だが、そのときも、ハルもルーズベルトも、アメリカが日本を追い込んだことは語っていない。ハルノートの内容が、それ以前の7か月にわたる日米交渉の内容をはるかに超える厳しいものであり、日本政府は絶対にこの条件をのめないと彼らが確信していたことも隠し通された。
ビーアドは記述している。ハルノート手交の翌日の11月27日、米陸軍省がアメリカ前戦基地司令部あてに極秘の警告を発したのだが、ルーズベルトの指示で「戦争が回避出来ないのであれば、合衆国は日本に最初の明白な行動に出ることを望む」という一項が加えられた。
このことに関して、春日井邦夫氏の大部の書『情報と謀略』(国書刊行会)には、ハルノート手交当日、ルーズベルトはチャーチルがアメリカに派遣した情報マン、W・スチーブンスン(暗号名イントレピッド)に、日本との交渉は失敗に終わると伝え、イントレピッドは翌27日にその情報をチャーチルに伝え、軍は2週間以内に行動を開始すると打電したと指摘している。
ビーアドの表の情報と、春日井氏のいわば裏の情報がピタリと重なるのである。ルーズベルトは真珠湾攻撃を言葉を尽くして非難したが、それが結局彼の待ち望んでいたアメリカ参戦への「口実」となったことは、ビーアドの書からも明らかだ。
情報戦の凄まじさ、恐ろしさを実感する。いま、日本は中国の情報戦略で深傷を負わされつつある。国の命運をかけて情報戦を戦わなければならないと思うゆえんだ。

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