闘うコラム大全集

  • 2015.06.04
  • 一般公開

せめぎ合う米中、日本の存在強化の好機

『週刊新潮』 2015年6月4日号

日本ルネッサンス 第657号


5月20日、米国防総省は最新鋭のP8対潜哨戒機で南シナ海上空を偵察した。翌日、世界に公開された映像には南沙諸島海域に展開する幾十隻もの中国艦船が映っていた。その数は私が想像していたよりもはるかに多く、中国が猛スピードで埋め立てとインフラ整備を進めていることを改めて痛感した。


中国は現在5つの島に侵略の手をかけている。ヒューズ礁で9階建ての建物が建設中なのはベトナム政府発表の写真で確認できる。ジョンソン南礁の3000メートル級滑走路の建設も、ベトナム及びフィリピン政府の映像から見てとれる。ガベン礁にはヘリポートを、ファイアリークロス礁にも滑走路を建設中だ。


P8哨戒機は人工島の12カイリ外で偵察したが、ウォーレン国防総省報道部長は12カイリ内への進入は「次の段階」だと述べた。中国の対応次第で、さらなる緊迫が予想される。中国紙『環球時報』は5月25日、南シナ海で米中戦争は避けられないと報じた。南シナ海で起きることは東シナ海でも起きると、考えるべきだろう。


責任ある政府なら、危険に備えるのは当然である。国防総省は2016会計年度国防予算案で過去最高の5853億ドル(約71兆円)を要求した。今年の国防予算の4.4%増である。ちなみに米国防予算は財政赤字と海外軍事展開の規模縮小で2014年度以降、削減が重視されたが、今回の予算要求にはこれを再び元に戻す意味がある。


中国の軍事的脅威に対しては、外交交渉だけでは何も解決できないことにオバマ政権はようやく気がついたのか。バイデン副大統領は22日、メリーランド州アナポリスの海軍士官学校卒業式で率直に語っている。


「南シナ海の紛争海域で、アメリカはどの国の主張も公平に扱う。しかし、航行の自由と平和的で公平な紛争解決のために、われわれはたじろぐことなく立ち上がる」


オバマ政権のアメリカがどこまで「立ち上が」れるのか、疑問は残る。しかし、バイデン氏の従来の親中的発言に較べれば、「立ち上がる」という言葉自体が驚きである。氏は中国が熱心に唱える新型大国関係も寛容に受け入れて来た。


中国を主、日本を従


チベット、ウイグル、台湾、南シナ海、尖閣諸島は中国の核心的利益だとして、この核心的利益を米中が相互に尊重することが新型大国関係だと、中国は主張する。尖閣には日米安保条約が適用されるため、日米安保条約と新型大国関係は相容れない。バイデン氏はしかし、13年12月4日に北京で習近平主席と5時間以上協議し、中国側の主張を認めたのだ。


中国人民大会堂での習氏との会談でバイデン氏は語っている。


「新型大国関係は究極的に、相互の意図への信頼と前向き思考に支えられなければならない」


バイデン氏は、米中両首脳が樹立した「この関係」はすでに多くの機会と果実をもたらしているとも述べた。


中国に無防備と思える程の敬意を払い、親しさを強調する氏は日本に対しては無理解な行動をとってきた。13年12月12日夜、日中韓の歴訪を終えたバイデン氏は安倍晋三首相に電話をかけて言った。「韓国の朴槿恵大統領には『安倍氏は靖国神社に参拝しないと思う』と言っておいた。あなたが不参拝を表明すれば、朴氏は会談に応じるのではないか」(「産経新聞」14年1月30日)。


首相はただちに、第1次安倍政権で参拝しなかったことを痛恨の極みだと感じてきたとし、参拝は国民との約束だと伝えたという。


同年12月26日の参拝直後に、国務省は「失望した」という強い表現の声明を発表したが、同声明発表にこだわったのはバイデン氏だったと報じられた。このようなバイデン氏まで、中国に対し「たじろぐことなく立ち上がる」と言い始めた。アメリカのアジア政策の転換は明らかだ。


アメリカのアジア政策はかつて中国を主、日本を従と位置づけ、親中の色合いを帯びていた。とりわけ二つの世界大戦の間の時期、アメリカは日本に厳しく、中国に親切だった。ソ連封じ込め戦略を提案したジョージ・ケナンは『アメリカ外交50年』で当時をこう振りかえっている。


「我々の外交活動の大半は、他の諸国ことに日本が、我々の好まない特定の行動を追求するのを阻止しようという狙いをもっていた」「我々は十年一日の如く、アジア大陸における他の列強、とりわけ日本の立場に向かっていやがらせをした」


日本の国民感情を傷つけて気にしなかったアメリカは、中国には全く別の、親切な態度を維持した。ケナンはこうも書いている。


「疑いもなく、極東の諸国民に対する我々の関係は、中国人に対するある種のセンチメンタリティによって影響されていた」「中国人に対する我々の態度には何か贔屓客のような感じがある」


オバマ外交の孤立


大東亜戦争で敗れた日本に、占領軍は尋常ならざる厳しい政策を採用した。日本的価値の破壊に努め、日本を独立国家としては決して認めない、まるで植民地のような蔑視政策を採用した。日本国を弱体化させアメリカの指導下に置くことが正義であるかのような価値観は、日本弱体化政策、weak-Japan政策となって定着した。


現在に至っても日米関係の基調にこびりついている弱い日本を是とするこの考え方の特徴は、憲法改正にも靖国参拝にも、また、慰安婦強制連行説の否定をはじめ、歴史の事実を正しく見つめようとする動きにも、強く反対することである。weak-Japan派はケナンの指摘のように、心情的に中国に与し、アメリカのアジアでの戦略的パートナーは中国だと考えがちな人々でもある。


オバマ政権も基本においてその例外ではなかった。しかし、その彼らが変わりつつある。背後にはオバマ外交の失策があるといってよい。


オバマ大統領は、中東の民主化に端を発する同地域の混乱をおさめる働きをしなかった。13年9月には、アメリカは世界の警察ではないと宣言してテロリスト勢力の跋扈に拍車をかけた。アラブ産油国の対米不信はかつてない程高まった。ロシアはオバマ政権の無策に付け入ってウクライナからクリミア半島を奪い、中国は南シナ海において猛スピードで侵略を進める。G7の欧州メンバー国も、一党独裁の中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加盟した。


中東、欧州、ユーラシア大陸、南シナ海のすべてでオバマ外交が行き詰まり、孤立しかけているのだ。その中で、オバマ政権は、米中の大国間関係に夢を託すよりも日米同盟の強化が確実に国益につながることにようやく気づいたといえる。日本はまともな国に立ちかえり、力を発揮する、100年に一度の好機に恵まれているのである。

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