闘うコラム大全集

  • 2017.03.09
  • 一般公開

なぜ日本史から聖徳太子を消すのだ

『週刊新潮』 2017年3月9日号

日本ルネッサンス 第744回


聖徳太子は、その名を知らない日本人など、およそいないと言ってよいほどの日本国の偉人である。だが、文部科学省が2月14日に突然発表した新学習指導要領案によれば、その名が子供たちの教科書から消されることになりそうだ。

 

聖徳太子は新たに「厩戸王(うまやどのおう)」として教えられるというが、神道学者の高森明勅氏が「厩戸王」の事例をアマゾンで調べたところ皆無だったと書いている。皆が親しんできた名前を消して、殆ど誰も知らず、アマゾンでも一例も出てこない名前に変えるとは、一体どういうことか。名は体を表す。聖徳太子という英雄を日本民族の記憶から消し去ろうとする愚かなことを考えたのは誰か。

 

周知のように聖徳太子は数え年20歳で叔母、推古天皇の摂政となった。現代風に言えば成人前後の年頃の青年が日本国を主導する総理大臣に就任したのである。その若さにも拘わらず、英邁なる聖徳太子は責任をひとつひとつ立派に果たした。

 

神道の神々のおられるわが国に、異教の仏教を受け入れるか否かで半世紀も続いた争いに決着をつけ、受け入れを決定したのが聖徳太子である。キリスト教やイスラム教などの一神教の国ではおよそあり得ない寛容な決定である。

 

603年には「冠位十二階」を定めて、政治権力の世襲という従来の制度下にあっても、個人の能力や努力によって登用される道を開いた。これは後の世にも強い影響を与え、身分制度を超越した人材登用の精神につながった。

 

604年には「十七条憲法」を定めて、政治は民の幸福を願い、公正で透明な価値観に基づかなければならないという日本国統治の基本を作った。民を想う穏やかで慈悲心に支えられた統治の哲学は、同時代を生きた隋の皇帝煬帝の、幾十万の民を奴隷として酷使し死に至らしめた非情なる統治の対極にある。


価値観の源流

 

607年には「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙(つつが)無きや」という、あの余りにも有名な親書を小野妹子に持たせ、隋に派遣し、遂に隋と対等な関係を築いた。

 

以降、日本は中華文明に属することなく、日本独自の大和文明を育んだ。大和文明はその後、天武天皇に受け継がれ、聖武天皇によってより強固な日本統治の基本となった。いま、日本と中国の価値観はおよそ何から何まで正反対だ。私たちは、日本が日本であることに、もっといえば中華的価値とは全く異なる日本的価値の社会で暮せていることに感謝しているのではないか。その価値観の源流が聖徳太子である。

 

中国は軍事力、経済力で既存の国際法や世界秩序に挑戦し続けている。国際法を中国式に解釈し、覇権国の道を一直線に突き進む。国内においては政府批判を許さず、人々の自由を制限し、弾圧し、国家統治における不法、不公正を基本的に放置したままだ。

 

この異形の大国、中国と、私たちはいま、価値観を軸に対峙しているのではないか。であればこそ、日本の子供たちに日本文明の核を成す価値観を教えることが日本人として誇りを持って生きることの基本になる。日本文明を理解し、その長所を心に刻み、相手に対する思いやりを育み、日本人としての自信を深めることが欠かせない。そのために聖徳太子は忘れてはならない人物である。

 

だが、文科省は、わが国の国柄を形成するのに計りしれない貢献をした聖徳太子の名を変えるというのである。理由は「聖徳太子」は没後に使われるようになった呼称で、歴史学では一般的に「厩戸王」と呼ぶ、従って「史実」を正しく教えるために変えるのだと説明する。ならば歴代天皇の呼称もすべて変えなければならない。聖徳太子だけ突然、変えるのはおかしい。

 

また2月27日に「産経」が社説で書いたように、諡(おくりな)(死後に与えられる名)がダメなら「弘法大師」の名前も変えなければならない。そんなことをすれば子供たちだけでなく大人も社会も日本は大混乱だ。歴史の語りつぎも出来ようはずがない。

 

自民党参議院議員の山田宏氏が指摘した。


「聖徳太子は日本が中国の属国にならない道を選び、慎みと思慮深さを基盤とした日本の国柄を育む第一歩を踏み出した人物です。そうした日本の善さを定着させた人物でもあります。だからこそ、日本人は聖徳太子に尊敬と親愛の情を抱き、お札にまでしたのです。日本人の誇りの源泉である太子の名を消し去って、その誇りを薄めていく狙いがあるのではないでしょうか」


文科省は伏魔殿か

 

文科省の作った教育の枠組みの中で、長い年月、日本史は片隅に追いやられていた。ようやく2020年から、小、中、高と、学習指導要領が改訂されるが、高校の日本史は現在、選択科目にすぎない。必修科目は世界史なのだ。日本の子供たちは小学校6年生で初めて日本史を教えてもらう。それも1年間で45分の授業を68時限である。これではスカスカの歴史教育にならざるを得ない。スカスカ教育の上に、慰安婦や南京事件の例に典型的に見られるような、捏造され曲解された内容が跋扈したのである。

 

アーノルド・トインビーは、自国の神話、即ち歴史を忘れる民族は滅びるという言葉を残しているが、日本では忘れる以前に満足に教えてもらえない時代が長く、今日まで続いているのである。

 

左派陣営に蹂躙されてきたこの反日教育が幾世代も続いた末に、安倍晋三氏が首相に、下村博文氏が文科大臣になって以後、ようやく改善されてきたと思っていた。だが、いままた、日本を貶める意図しか見えてこないような学習指導要領が、突如、提案されている。文科省は伏魔殿か。根っからの反日組織か。

 

山田氏が語った。


「文科省の官僚も問題です。加えて教科の内容に特定の人々の意見を反映させる仕組みがあります。文科省の下に国立教育政策研究所が、その下に教育課程研究センターがある。同センターには調査官がいて、社会と歴史について、各々、小学、中学担当の調査官が配置され、彼らの意見が反映されると見られています。どんな人物が配置されているのかも、調べる必要があるでしょう」

 

かつて元インド大使の野田英二郎氏が教科書検定審議会委員となり特定の教科書を排除すべく多数派工作をした。氏は北朝鮮のテポドンミサイル発射実験に抗議したと、或いは北朝鮮の拉致疑惑を強調しすぎると日本政府を非難した人物だ。偏った人物を受け入れる素地が文科省にはあるのだ。ひとまず、私たちは文科省に聖徳太子を厩戸王へと変えることへ抗議しようではないか。

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