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闘うコラム大全集

2018.01.11号
歴史戦、徴用工で本格的情報発信

『週刊新潮』 2018年1月4・11日合併号

日本ルネッサンス 第785回


著名な韓国の言論人、趙甲濟(チョガプジェ)氏が12月19日、シンクタンク「国家基本問題研究所」で語った。


「70%もの韓国国民がなぜ、親北朝鮮で反韓国の価値観を持つ文在寅大統領を支持し続けるのか。なぜ韓国人は祖国が直面する危機に気付かないのか。その理由は韓国人の考える力が低下しているからだ」

 

氏は韓国人の考える能力の低下の原因として、漢字を追放してハングルだけを使用するようになったことを挙げた。分析の正否は今は措く。ただ、彼らが歴史の実態に目を向ける代わりに、史実とは無関係に創り出した物語に心を奪われてしまうのは確かだ。事実と懸けはなれた「民族の悲劇」に酔いしれて、反動として強い反日感情に身を委ねる。情に偏り、理を欠く傾向が強い。

 

そんな彼らに対して、日本側も事実に基づく議論から逃げてきた。両国間に横たわる歴史問題の不幸な溝には、その意味で日韓共に責任がある。少なくとも、安倍政権以前はそうだった。

 

韓国による反日歴史戦を止める力は歴史の事実の中にある。事実を示すことで、初めて日本は韓国や中国の歴史捏造に立ち向かえる。言い換えれば、わが国には事実しかないのだ。そのことに気付いて、歴史問題に対しては事実を以て向き合おうとしてきたのが安倍晋三首相である。

 

だが首相がそう考えても、外務省をはじめとする関係省庁の人々の心の闇は深く、基本的な事実の指摘でさえ、韓国を刺激するとして抵抗する人々がいる。そのことを考慮すれば、12月22日、一般財団法人「産業遺産国民会議」(以下、国民会議)のウェブサイト(https://sangyoisankokuminkaigi.jimdo.com/)に、長崎県の端島、通称・軍艦島に関する資料と、元島民の証言が掲載されたのは安倍政権の快挙というべきだ。

 

慰安婦問題に続いて中韓両国は徴用工問題を日本に突き付ける。2017年、韓国は同問題についての酷い内容の映画を完成させ、ユネスコ関係者の前で披露した。本や絵本も出版した。2018年には各地で慰安婦像の隣に、徴用工の像も設置されかねない。


本格的な反論がはじまる

 

彼らは軍艦島を、「地獄の島」「強制連行の島」と呼び、日本をナチスドイツ同様ホロコーストの国として位置づけようと躍起になっている。だが、慰安婦問題の二の舞は演じない。それが国民会議のウェブサイトに込められた決意であろう。中韓の歴史の捏造話を事実で正し、真実を知らしめる。事実に能弁に語らせることで日本の本格的な反論とすると言ってよいだろう。

 

その圧巻が端島の元島民のビデオ証言である。端島の歴史事実を歪めている著作や記事を、元島民は一つ一つ検証し反論している。対象となっているのは、日本が朝鮮人や中国人を強制連行し、奴隷のように働かせ、非人間的な扱いをしたと非難する各種の出版物や資料である。

 

たとえば、端島を、「朝鮮人強制連行の島」として描いた作家、林えいだい氏である。氏は『筑豊・軍艦島』(弦書房)の中で、「島には『地獄門』をくぐって入り、入ったが最後、一生島から出ることができなかった」と書いている。

 

元島民は、「(地獄門など)ちょっと聞いたことがない」と林氏の説を退ける。

 

一旦、島に上陸したら二度と出られないとの非難には、「島を出て他の島へ行くときには他航証明書という書類をもらわないと行けなかった。それは日本人も同じだった」とし、その背景には借金をかかえたまま、島を出て戻らないケースがあったからだと説明している。


「中国人の取扱いは特に厳しかった。朝鮮人が話しかけたりすると、銃を持った労務係がきて『近づくな』と言って双方を殴りつけることもあった」との林氏の記述について、別の島民が語った。


「警察が、端島に限らず銃を持ってウロウロするなんて、日本の国勢(国情)にはないですよ。あの当時」「銃を持った人なんておらんです。警察も、端島は仕事がない島だと言っていた(笑)」

 

最盛期5000人以上が住み、日本一人口密度の高かった島で、警察の仕事がなかったということは、それだけ人々が協力し合って和を保っていた証左だ。元島民の女性が証言したように皆が助け合い、仲良く暮らした島だったのだ。

 

もう1人の島民も語った。


「本当の軍人なんて2人しかいないですよ。それも憲兵です」

 

軍人2人が憲兵だったというのは大事な点だ。憲兵は軍法に基づいて軍の犯罪を取り締まる存在である。島の軍人2人が憲兵だったということは、それだけ島の治安が厳しく守られていたことを意味するとみてよいだろう。林氏が描いた朝鮮人への違法な虐待、虐殺は許されるはずがなかったということだ。


歴史の証人

 

坑内での採炭作業の苛酷さを、林氏は次のように書いた。


「高さ一メートルの炭層に、朝鮮人坑夫たちは立ち膝のまま鶴嘴を打ち込んでいた」「二尺層といわれる炭層は約60センチ、短い柄の鶴嘴で寝掘りする場所だった」

 

元島民たちは皆坑内で働いていた人たちだ。彼らは一様に反論した。


「坑内の石炭はババババッとエアで落としていました。鶴嘴は石炭を掘るのに使いません。少し浮いたのを、叩いて落とすくらい」

 

鶴嘴で力を入れて掘るという作業はなかったというのだ。


「立ち膝のまま」掘った、或いは「寝掘り」については、「寝て掘るなんてことは全くなかった。それなら炭車はどうして入れるのですか」「朝鮮人を石炭掘りに使うのは(技術的に)危なくて仕方のない面があった。だから彼らには後方で働いてもらった。日本人が採った石炭を炭車に積み込み、それを押すのが、彼らの役割だった」という。

 

どの証言も体験を踏まえているだけに具体的である。坑内の状況や採炭の手順、仕事に入る際の服装や種々の準備、チーム編成の実態など、歴史の証人としての彼らの発言は、これまでチェックもされずに垂れ流されてきた間違った情報を正すものだ。

 

検証されたのは林氏の著作をはじめ、長崎市の「岡まさはる記念長崎平和資料館」のパンフレットや、「南ドイツ新聞」のひどい記事など、広範囲に及ぶ。

 

国民会議のウェブサイトでは、元島民の証言だけでなく、当時の島の写真、炭坑の様子を描いた幾枚もの絵も見ることができる。先人たちが作り上げた設備の近代性や、国策産業としての石炭産業に日本国が注いだエネルギーの程が窺われる。

 

2018年、中韓の対日歴史戦はかつてなく激化すると考えておくべきだ。日本をホロコーストの国として貶める彼らの意図を一つ一つ、事実をもって打ち砕く、そのための情報発信こそ大事である。



櫻井よしこ


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