闘うコラム大全集

  • 2018.09.08
  • 一般公開

人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内の権力闘争

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246
 


「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。


文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放された約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の王毅の各氏らもいた。


毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許可が要る。それには賄賂が必要だった。


劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈ったというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれた。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。


「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)


感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像とはまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り合ってきた矢板氏は語る。


「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさせる落ち着いた人でした」


天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けたからではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。


劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。


「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不尽だ」と、劉氏は答えたという。


天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。


長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを自由にするためだった。


暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツに渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。


矢板氏は言う。


「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」


習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘争から目が離せない。

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