闘うコラム大全集

  • 2019.02.07
  • 一般公開

月を独り占め、中国が始める宇宙戦争

『週刊新潮』 2019年2月7日号

日本ルネッサンス 第838回


都会の真ん中に住んでいても美しい月に見とれる夜がある。38万キロ離れた地球から眺める月は、欠けていても満ちていても冴え冴えと美しい。満月のとき、目を細めてじっと見れば、平凡な言い方だが、そこには明らかにうさぎがいる。


いまその月面で人工物がひとつ走り回っている。中国の探査車「玉兎」である。


1月3日、中国の月探査機「嫦娥(じょうが)4号」が人類初の快挙、月の裏面着陸を成し遂げた。少しも嬉しくない。中国は2007年に嫦娥1号を、10年には嫦娥2号を送り月を周回させた。これで月面の詳細な地図を作成し、13年に嫦娥3号が月の表側に、今回、嫦娥4号が人類未踏の月の裏側に着陸し、探査車の玉兎を月面に降ろした。


50年前、アメリカの有人宇宙船アポロ11号が月に降り立ち、アームストロング船長が人類初の一歩を月に刻んだ。そのときの中継画像を当時学生だった私はカナダ・アルバータ州の友人の家族と共に見た。アメリカ人ではないカナダ人も日本人の私も皆、釘づけだ。興奮と驚嘆と憧憬、まるでわがことのような嬉しさを分かち合ったのを覚えている。


今回そんな高揚感はない。中国が宇宙戦争でアメリカの先を行くのかと、むしろ不安になる。中国の宇宙開発を振りかえれば軍事的野望は明らかで、人類の平和的発展とは程遠い征服の意図を感じるからである。


21世紀の戦争はサイバー空間と宇宙から始まる。私たちはすでに08年8月のロシアとグルジア(ジョージア)との戦い、14年3月のロシアとウクライナの戦いで、サイバー戦争が行われたことを知っている。


小野寺五典前防衛相が「言論テレビ」で語ったのだが、ウクライナでは、まず突然携帯電話がつながらなくなり、テレビ、ラジオ各局の通信が遮断され、公共の交通機関が止まった。ウクライナ軍の混乱の中、見知らぬ人々がやってきて街を占拠した。それがロシア軍で、クリミア半島はいとも簡単に奪われた。


ミサイルで気象衛星を破壊


ロシアはすでに少なくとも二度、人類にサイバー戦争を仕掛け、ロシアに反対する勢力を倒し、国土を奪ったわけだ。


月に手を掛けた中国は今後、ロシアを上回る規模で本質的に同様の行動に出ると心得ておくのが正しい。外交・安全保障の専門家で中国問題に詳しい小原凡司氏も「言論テレビ」で、「宇宙戦争の幕を開けたのは中国」だと明言し、その始まりは12年前に遡ると指摘した。


嫦娥1号の月周回と同じ07年、中国は高度850キロにあり、すでに寿命が尽きていた自国の気象衛星を地上発射のミサイルで破壊してみせた。このとき世界は本当に驚いた。


「あの驚きは、中国が衛星破壊能力を身につけたためではありません。そういうことを中国は本当にやるのだ、ということで驚いたのです」と、小原氏。


冷戦後、米露両国は互いの衛星を破壊することはしないという暗黙の了解に達していたのだという。衛星の破壊は、相手の目や耳を潰すことだ。相手の状況を見ることができず、通信もできない。自分たちが偵察に行っても情報も入ってこない。当然、疑心暗鬼に陥り、恐怖心に駆られる。衛星を破壊されたうえで攻撃されればどうなるか。衛星なしには精密なピンポイント攻撃は不可能であるから、まともな反撃はできない。そこで大量破壊兵器で広い範囲を一挙に潰そうという悪魔のささやきに乗せられてしまう。かくして核兵器使用の動機が高まり、人類を悲劇に陥れる。


このようなことが十分考えられるため、衛星破壊はしないという暗黙の了解が生まれたと、小原氏は語る。


「その暗黙の了解を破ったのが07年の中国だったのです。彼らは本当に戦争する気なのかと、国際社会は驚きました。さらに中国は13年までに、高度3万キロメートルから4万キロメートルの、いま最も高い軌道にある静止衛星の破壊能力を確立したと言われています。静止衛星も含めて地球を周回している衛星のほぼすべてを破壊する能力を、彼らは手にしたと見られているのです」


中国共産党中央委員会の政治理論誌『求是』の10年12月号には、次のように書かれている。


「衛星への攻撃は米国を攻撃する最も効果的な手段だ。速やかに宇宙兵器開発の努力をすべきだ。最終的に人工衛星からミサイルを発射できるようになれば、米国はどこにも隠れる場所がないと知るだろう」


アメリカを標的にして屈服させようという意図は明らかだ。このような意図が、少なくとも中国の軍事戦略の司令塔である中央軍事委員会の下で発表されている。彼らの「宇宙強国」計画では、20年末までに中国版GPS「北斗」の35機打ち上げが決定されており、中国は全世界に「監視の目」を持つことになる。


人民解放軍の能力


全世界、全天候型の地球観測システムの運用について、中国は民間用の衛星網だと説明する。北斗は測位精度が2.5メートル程度とされており、アメリカの衛星に較べれば、能力は落ちる。中国の発表をどのように読み解くのがよいのか。小原氏の説明だ。


「民間用の衛星網とされる北斗より、地上にある物体の探知、識別能力を非常に重視している中国人民解放軍(PLA)の衛星の能力はもっと高いと見てよいと思います。PLAの太平洋上における探知範囲は500万平方キロメートルに及ぶと、これは彼ら自身が喧伝しています。それほど広い海域で、米海軍の艦船を対艦弾道ミサイルで攻撃するのに必要な探知能力を身につけたと言っているわけです」


一群の北斗打ち上げは20年には達成される。それをさらに強化するのが、22年までに完成予定の中国独自の宇宙ステーション「天宮」だ。有人で長期滞在型の宇宙ステーションを中国が完成させる構えなのに対して、日米露など15カ国が参加する国際宇宙ステーション(ISS)の先行きは不安である。


トランプ米政権は25年までに資金拠出を打ち切り、ISSの運営を民間に移転するとしている。ロシアはロシア単独の宇宙ステーション建設を模索中で、欧州は宇宙計画を継続する方向だ。ISSがどのような形で継続されるのか、また、各国の宇宙政策の形もまだ見えてこない。ひとつ明確なのは、中国だけが宇宙ステーションを持ち宇宙を独占するという最悪の状況は避けなければならないということだ。


中国の戦略の息の長さ、継続する国家の意志の、真の脅威を実感する。軍事的要素を忌み嫌い、国防についてまともに考えもしない日本は、自力で自国を守れない。そんな国など、国家とは言えないということを肝に銘じたい。

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