闘うコラム大全集

  • 2019.05.25
  • 一般公開

昭和天皇の御心を正しく受けとめるとともに皇室を政治利用してはならないと自戒する

『週刊ダイヤモンド』 2019年5月25日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1280


今年元旦、「朝日新聞」は1面トップで「昭和天皇直筆の原稿見つかる」とスクープした。昭和60年頃から病に臥せられる63年秋頃までの御製、252首が確認されたとの報道だった。


内、未発表の御製は211首あった。しかも昭和天皇の直筆で残されており、同月7日には詳細が続報された。


ところが約4カ月後、雑誌「Hanada」6月号が「直筆御製発見 昭和天皇の大御心」と題して「世界日報」編集局長、藤橋進氏の論文を掲載した。世界日報は朝日新聞が報ずる「かなり前に」昭和天皇の直筆原稿を入手し、調査を進めていたという。両方を較べ読めば、昭和天皇の息遣いをより近くより深く感じさせるのは藤橋論文である。


藤橋氏は、昭和天皇が乃木希典学習院院長(元陸軍大将)から教わった質実剛健の精神を生涯守り通したこと、そのひとつの事例が、発見された御製の資料にも見られると指摘する。


資料の中に縦8.8~15センチメートル、横7.5~10.5センチメートルのメモ用紙8枚がある。小さいものは手のひら程の大きさだ。昭和天皇はその裏にもお歌を書きつけていらした。メモ用紙には紙を貼り合わせたものもあるという。1枚の紙も無駄にしないお姿は乃木大将の教えの質実剛健そのものである。


Hanadaは鉛筆書きの直筆原稿の写真を何枚も掲載したが、その字体から昭和天皇のお人柄が伝わってくるようだ。昭和天皇の字体と話し言葉には共通項があるように感ずる。質朴で飾るところがない。無駄もなく率直だ。まっすぐ核心に迫る趣がある。


多弁でも能弁でもなかった昭和天皇にとって和歌は心の真実を表現する重要な手段だったと思われる。ご生涯で約1万首を詠んだとされるが、今回発見された御製の中には香淳皇后についてのお歌が4首ある。いずれも愛情と思いやりに満ちている。


「露台にてきさきと共に彗星をみざりしこよひ(は)さびしかりけり」


体調をくずしていらした香淳皇后と一緒に彗星を見ることができない寂しさを率直に表現していらっしゃる。4首すべてに「さびし」「かなし」という言葉が入っている。香淳皇后への深い愛情の、少年のように純粋で率直な発露だと受けとめた。


昭和天皇は政治家についてただひとり、岸信介元首相について詠まれ、3首残された。


「國の為務たる君(は)秋またで 世をさりにけりいふべ(ぐれ)さびしく」


「その上にきみのいひたることばこそおもひふかけれのこしてきえしは」


「その上に深き思ひをこめていひしことばのこしてきみきえにけり(さりゆきぬ)」


この部分の欄外には「言葉は聲なき聲のことなり」と書かれている。昭和35年の安保改定でデモ隊が国会を取り囲んだとき、岸首相は「デモの参加者は限られている。(中略)私は『声なき声』に耳を傾けなければならないと思う」と語ったことを当然思い出す。「岸首相の孤独な戦いへの深い同情を詠まれた」と、藤橋氏は解説したが、同感である。


作家の半藤一利氏は昭和天皇が岸首相を評価していたのかと「複雑な気持ち」「日米の集団的自衛権を定めた安保改定に賛成の気持ちを持っておられたのだろうか」「心から驚いている」と朝日新聞にコメントした。


昭和天皇はひたすら国民の幸せと国家の安寧を願われ、立憲君主国の君主として、国の安全を大きな高い視点から考えられたにすぎない。また、「国がらをただ守らんといばら道すすみゆくともいくさとめけり」とも詠まれたように、日本の国柄の大事さも考えておられた。昭和天皇のこの御心を正しく受けとめたい。同時に、殊更にそのことを主張して皇室を政治利用してはならないと自戒するものだ。

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