闘うコラム大全集

  • 2019.10.10
  • 一般公開

太平洋で着々と進む中国の覇権戦略

『週刊新潮』 2019年10月10日号

日本ルネッサンス 第871回


9月16日、中国は太平洋の14の島嶼国のひとつ、ソロモン諸島を台湾から引き剥がし断交させた。中国の働きかけによって台湾を切り捨て、中国と国交を樹立した島嶼国はすでに10を数える。台湾は蔡英文総統が就任して以来7か国から国交断絶を言い渡され、国交のある国はいまや15にまで減少した。


中国の目的は、「台湾は中国の一部」であることを受け入れない蔡総統を孤立させ、来年1月の台湾総統選挙で落選させることにあるが、同時にもうひとつ重要な狙いは太平洋における米軍の覇権に異を唱え、西太平洋及びインド洋から米国を排除することである。


ソロモン諸島の首都を擁するガダルカナル島で、日本軍はかつて死闘を展開した。情報も食糧も武器弾薬も極度に不足していた中で米軍相手に壮絶な戦いを続け、日本軍は実に多くの貴重な命を失った。太平洋の島々を失った日本がその後苦しい状況で後退に継ぐ後退を続けたのは周知のとおりだ。その激戦の島嶼国にいま、中国が巧妙な侵略の手を伸ばしている。


かつての日米両軍の戦場でいまや米中二大勢力がせめぎ合う。米国が同海域をグアムを拠点として防衛するのに対して、中国はつい先頃まで第一列島線、第二列島線を想定して米海軍をハワイ以東に閉じ込めようとしてきた。現在は、しかし、西太平洋からインド洋全体を支配するために、この海域への米海軍の接近を阻止する第一、第二列島線戦略をはるかに越えて、彼らは第三列島線に進出してきているのである。


第三列島線は、2040年までの目標として中国の国益擁護に必要な海を南緯35度以北、東経165度以西と定義し、その海域に中国の支配権を確立するというものだ。中国が支配権を目指すのは豪州南部以北の太平洋であり、米海軍が遊弋(ゆうよく)し、君臨してきた太平洋である。そこにはマリアナ諸島、パラオ、ソロモン諸島などが広がる。


太平洋島嶼国を籠絡


07年に中国側は何気ない会話形式で、米国側に太平洋をハワイを基点として二分し、米国が東太平洋を、中国が西太平洋をとることを提案した。それから12年、彼らは着実に自らの目標達成へと歩を進めている。


そうした戦略目標達成のために、中国は悪名高い資金攻勢で太平洋島嶼国を籠絡する。典型的事例がトンガであろう。人口11万人弱、王室が強い力を有する。


明らかに中国は王室への接近に成功したのであろう。「フィナンシャル・タイムズ」のキャサリン・ヒル氏の、「太平洋島嶼国・米中の新たな敵対」によると、中国は08年にトンガサット社に5000万ドル(約55億円)を支払い、赤道上空の静止軌道の使用権を得た。


米国のGPSに相当する中国の衛星測位システム「北斗」をミサイル誘導など軍事的に使用するには静止軌道が必要で、それを提供したトンガは中国の軍事戦略上非常に重要な拠点となったわけだ。トンガは見返りに55億円を受け取ったが、国庫に納入されるべき資金の半分がトンガサット社に入金されていたという。


同社にはトンガ王室のプリンセスが関係していると報じられた。中国得意の資金も含めたおもてなし外交でプリンセスの心を射止めたと解釈されたのは自然なことだ。


この年以降10年までの3年間で、トンガは中国から1億1400万ドル(約125億円)、トンガのGDPの実に43%に相当する融資を受けている。この規模の債務返済は至難の業で、連想するのは、借金のカタにハンバントタ港を99年間も奪われてしまったスリランカの悲劇、債務の罠である。


中国と国交を樹立した先述のソロモン諸島は人口61万人、太平洋島嶼国中、最大級である。その国がいまや中国経済に搦め捕られている。また、近年急増した移住中国人は約5000人に上り、ビジネス上手の彼らは小売店の大方を経営し、殆どすべての消費財を提供していると、ヒル氏は報告する。


他方、中国政府は後述する海底ケーブルをはじめ、大規模な公共工事に資金を集中投下し、これら小さな国のインフラを中国式に作り上げてしまう。資金も技術も労働者も、定型どおり中国からやってくる。労働者は工事完了後も現地に残留し、力をつけ、その国の事実上の支配者となるのがお定まりの道だ。


ソロモン諸島政府は豪州政府の協力を得てソロモン諸島・シドニー間を海底ケーブルで結ぶところだった。公開入札で受注した企業はしかし、突如、外され、ソロモン諸島政府は中国のファーウェイに工事を発注した。ファーウェイは中国人民解放軍と一体だと見做されており、豪州政府が驚き、安保上の懸念を抱いたのは当然だろう。豪州政府はソロモン諸島政府に代わって海底ケーブルを建設し、費用の3分の2を負担したそうだ(同前)。


それでもファーウェイは諦めず、次にバヌアツからの海底ケーブル建設を提案中だという。ファーウェイとその背後の中国政府の、世界制覇にかける執念を感じさせる働きかけではないか。


中国のマネー攻勢


現在、太平洋島嶼国で台湾と国交を保っているのはツバル、マーシャル諸島、パラオ、ナウルの4か国だけであるが、これらの国々も中国のマネー攻勢に晒されている。


ツバルは人口1万1000人、議会は予算ほしさに台湾寄りの首相を交代させる可能性がある。パラオは人口2万2000人、マーシャル諸島は5万3000人、ナウルは1万4000人である。


どの国も本当に小さい国だ。人々の性格は穏やかで、生活は貧しい。だが彼らが保有する海洋面積は広大である。日米豪にとって、そこに広がる海は自由貿易を担保する開かれた海である。国益上も安全保障上も譲れない海だ。中国による独占は無論、彼らが小さな国々に強い影響力を発揮して、支配する海にしてはならない。


だが、小さな弱い国々は、自由や民主主義への中国共産党の弾圧には余り関心を抱かない。米国か中国か、と迫られるのも恐れる。中国の威力の前で、台湾と断交をすれば、それがやがて自らにはね返ってくるとも考えない。彼らも生き残り、国民を経済的に養わなければならない。日本や米国が中国に対抗して取り得る道は、国や民族の生き残りと、国民生活の豊かさを支える、中国よりも優れた策を打ち出すことだ。


中国は地球全体に欲の網を張り、その網を広げ続ける。中国の手法とは全く異なる手法で、価値観を共有できる国々と連携して、中国の野望を打ち消していくのがよい。日本は軍事力の効用を活用できない。その分、合理的で人道的な賢い道を提唱しなければならない。価値観の戦いの先頭を行くべきだ。

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