闘うコラム大全集

  • 2020.10.08
  • 一般公開

核使用が前提、世界情勢の厳しさ

『週刊新潮』 2020年10月8日号

日本ルネッサンス 第92
0回


米国は尚武の国である。加えて説明責任を重んずる国である。


トランプ大統領のツイッターや言動を見れば、米国は迷走しており、政策は衝動的に提案されていると思えるかもしれないが、後述する中距離核ミサイル(INF)全廃条約の例に見られるように実態からは全く別の米国の姿が窺える。じっくりと考え抜かれた戦略があり、トランプ氏の政策はそうした戦略に則ったものだと実感する。そのことを理解せずに、トランプ政権の意向を読み違えれば、安全保障を全面的に米国に依存せざるを得ない日本は窮地に立たされる。


INF条約は2019年8月2日に失効したがトランプ氏が勝手に破棄したと考えるのは間違いだ。ロシアはINF条約に入っていながら、長年違反を承知で中距離ミサイルの開発・配備を続けていた。


同条約は射程500~5500キロの地上配備中距離ミサイルの開発及び配備を禁止する内容だ。条約当事国は米ソ(露)だが、条約に入っていない中国をはじめ、インド、パキスタン、イラン、イラク、北朝鮮、韓国などはこの約30年間ほぼ自由に開発・配備を続けてきた。条約失効で世界はいま、ごく一部のミサイルを除いて相手国を殲滅できる強力なミサイルを事実上作り放題の無法空間になった。


米国のシンクタンク、ハドソン研究所研究員、村野将氏によると、米国は13年5月段階でロシアにINF条約を遵守させるための外交交渉を開始したという(『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛 INF条約後の安全保障』並木書房)。


このときから条約破棄まで5年9カ月かかっている。この間ロシアは基本的に自らの条約違反を否定し、ウソをまじえた言いがかりをつけた。村野氏は具体例としてルーマニアとポーランドに配備した米国のイージス・アショアの「マーク41」と呼ばれる多目的垂直発射装置(VLS)を巡る米露交渉をあげている。


善意の人


ロシアは、マーク41はトマホーク巡航ミサイルに転用可能で、米国こそINF条約違反だと主張した。米国はマーク41は電子システムや火器管制に関するソフトウェアが艦載型と異なること、INF条約で禁止されている地上発射型巡航ミサイル装置の能力は備えていないことを説明した。そのことを証明するためにロシア側にイージス・アショアの施設査察まで提案したが、ロシアが断った。


実は米政府はそれ以前からロシアの条約違反の可能性を察知していた。ロシアによる地上発射型巡航ミサイルの発射実験回数や飛翔距離の詳細な情報を水面下で同盟国に提供した。11年には米議会にも正式に報告した。14年1月には同情報をNATOに伝達した。そのとき、NATO側は「なぜもっと早くロシアの条約違反を公表しなかったのか」と質し、米国側はこう答えている。


「米政府は、08年からロシアが実験を開始したことは把握していたが、それが海洋・空中発射型ミサイルの地上試験なのか、(違反対象となる)地上発射型巡航ミサイルの開発を意図したものなのか、その時点では判断できなかった」


米露が地上配備型巡航ミサイルに拘るのは、同ミサイルには以下に示す幾つかの利点があるからだ。


➀短期間で開発・配備が可能、➁命中精度が極めて高い。射程1600キロメートルで目標から10メートル以内に着弾、➂コストが低い。1発あたりのコストは約140万ドル(1億4000万円)で準中距離弾道ミサイルの1600万ドルに較べると10分の1以下となる、➃海洋・空中発射型に較べて弾薬の補給や再装填などの兵站が容易。イージス艦や潜水艦の場合、母港に戻って再装填しなければならない、➄組み合わせによって同期、多方位、飽和攻撃が可能。


他方で飛行速度が音速以下という弱点もあるが、総合すると利点が欠点を補っている。だからこそ、ロシアは米国を出し抜いて開発を進めてきた。


米国はロシアの条約違反情報を把握してから公式に問題提起するまで5年かけている。米国当事者らの対応は控え目に言っても慎重である。こうした情報把握と分析はオバマ政権後期に盛んに行われていたが、オバマ大統領は理想を唱える善意の人だった。国防の専門家の間ですでに幅広く議論され始めていたINF条約とロシア問題についてオバマ氏が余り関心を払わない間に、ロシアは地上発射型巡航ミサイルを2個大隊分も保有するに至った。彼らは欧州の米軍施設の殆どを射程にとらえてしまったのだ。そうした状況を引き継いだのがトランプ政権だった。


大規模軍拡


トランプ氏は大統領就任1年目の12月に「国家安全保障戦略」を、翌年1月には「国家防衛戦略」、さらに「核態勢の見直し」を発表した。


三つの重要政策発表で明らかにされたのは、それ以前の米国の楽観主義に基づいた安保政策の反転だった。まず第一に、それまで米国への脅威は国家ではないテロリスト集団だと定義されていたのをロシア・中国など、特定国家こそ、脅威だとした。


第二に、それまでの楽観論、つまり、米国が(核)軍縮のお手本を示せば他国も追随するという見方を否定した。ここで日本も注目しておくべき核兵器に関する非常に重要な転換が起きた。核兵器は所有しているだけでは抑止につながらず、実際に使うことを前提にしなければならないという考え方への転換である(前掲書)。


こんな議論をすると日本では気が狂ったかと思われるであろう。しかし、国際社会の攻防はここまで厳しくなっていることを知っておきたい。


米国の国防戦略は長年ロシアを主敵として構築されてきた。その間、中国は人類史上例のない継続的かつ大規模軍拡についても、中距離ミサイル配備についても、その許されざる侵略性を考えれば、彼らに向けられて当然の激しい非難を免れてきた。それは米国の中国に対する信頼ゆえであり、その信頼は、世界最大規模の人口を抱える中国はまだ貧しいが、彼らが十分に豊かになれば、米国のような国になりたいと願うに違いないという楽観主義ゆえだった。だが、いま米国の期待が見事に裏切られているのは周知のとおりだ。


日本周辺で進行中のことは全て、日本の運命を左右する重大事ばかりだ。日本周辺・朝鮮半島、東シナ海、南シナ海、西太平洋の状況は世界で最も緊張している地域だ。米中関係も中豪関係も緊張の極みにある。そうした中、日本の役割は比類なく大きい。日本が責任ある役割を果たすことによって初めて日本の命運も担保される。日本の役割は日本が自力を高め、同じ価値観を共有する国々と深く連携し、対中抑止力を高めることに他ならない。

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