闘うコラム大全集

  • 2021.09.02
  • 一般公開

アフガン陥落、米中再接近も視野に

『週刊新潮』 2021年9月2日号

日本ルネッサンス 第964回


アフガニスタン全土がタリバンの手に落ちた。タリバンの勢力が首都カブール近郊に迫った8月15日、米軍の大型輸送機が低く空を飛び交い、米国人や米国に協力したアフガニスタン人の国外脱出が加速した。空港は大混乱となり、バイデン大統領もブリンケン国務長官も、タリバン勢力の全土制圧の速度は「予想以上だった」と認めた。タリバンとの20年戦争にアメリカは敗北したのだ。


撤退に関するバイデン氏の言葉を聞く限り、米国の敗北の意味はますます暗いものとなる。


8月19日、バイデン氏はABCニュースの花形アンカー、ステファノポロス氏の番組で苦しい弁明を強いられた。


ステファノポロス氏はバイデン氏が事態急変前に「タリバンが(アフガニスタンを)奪回することはほとんどない(highly unlikely)」と語ったことについて、なぜ状況を読み間違えたのか、米国情報機関の間違いだったのかと質した。


バイデン氏は口ごもりながら答えている。


「タリバンが奪回できるかどうかの見通しにはある前提があった……」


「米国が訓練した30万人のアフガン部隊、我々は彼らに武器・装備を整えてやった。その30万の軍が簡単に崩壊し、屈伏してしまうとは誰も予想しなかった」


ステファノポロス氏は喰い下がった。マコーネル上院議員はインテリジェンス報告に基づいて、タリバンによる全土奪回は予想できたと語っていたとし、アフガン情勢の混乱は、情報当局の失敗なのか、それを受けての撤退計画、遂行、判断の誤りなのかと質した。


対してバイデン氏は責任逃れの答えを返した。


「アフガン政府のリーダーが飛行機に飛び乗って逃げた。30万の軍は装備を捨て去り消えた。それが起きたことなんだ」


インドの戦略論の大家、ブラーマ・チェラニー氏は米国の敗北は自ら招いたもので、アフガンにおける屈辱は国際社会における米国への信頼を無残な形で傷つけたとして、次のように書いた。


「年老いた大統領が現地の状況を考慮せず、将軍や情報当局の考えを排除して、非現実的で欠陥だらけの行動計画を実施せよと命令すれば、外交が悲劇的結果に落ち込むのは当然だ。全土をテロリストに掌握されたアフガニスタン情勢への国際非難はそっくりそのまま、歴代大統領の中でも最も年老いたジョー・バイデンの戸口に刻むべきだ」


チェラニー氏の祖国はインドである。タリバンが支配するアフガニスタンは、これから間違いなくテロリスト集結の中核地となる。そして彼らとパキスタンとの関係は深まる。インドは最も厳しい状況に直面するだろう。


同盟国はどうしたら…


ABCニュースではバイデン氏のもうひとつの重要な発言があった。氏が8月16日にホワイトハウスの会見で語ったこと、つまり米国はどのような場合に軍事的にコミットするかという基準と重なるものだ。


バイデン氏はこう語っている。


「アフガンと台湾、韓国、北大西洋条約機構(NATO)との間には根本的な違いがある。米国は(それらの国々と)内乱に基づかない合意をした。彼らは統一された政府を持つ」


バイデン氏は度々言い間違いをする。文章も完結する前に、曖昧な形で次の文章に移る場合が多い。右の発言もその一例だが、出来るだけ正確に訳したつもりだ。ポイントは、バイデン氏が、各国と結んだ安全保障条約は「内乱・内戦(civil war)に基づかない」合意だと述べている点だ。その中にバイデン氏は台湾を入れているわけだが、中国は台湾問題は「国内問題」だと主張する。もし軍事紛争になっても、それは内乱或いは内戦であるから、他国は介入してはならないという主張だ。


バイデン氏は続けた。


「我々は聖なる第五条を守ると誓約している。第三者がNATO諸国を侵略すれば、我々は反撃する。日本に対しても同様だ。韓国に対しても同様だ。台湾に対しても……、同様だ。(アフガニスタンの事例と)較べるべきではない」


バイデン発言は安全保障問題担当大統領補佐官、ジェイク・サリバン氏の会見でも取り上げられた。8月17日、ホワイトハウスのプレスルームで、記者が尋ねた。


―朝鮮戦争は内戦として勃発した。米国が内戦ではない争いにだけコミットするのなら、同盟国はどうしたらよいのだ。中国は台湾問題を国内問題だと言う。韓国はどうするのか。


サリバン氏がアフガン戦争を振り返り20年間に米兵2448人が戦死したなどと説明を始めると、質問者が遮って「内戦の定義について答えてくれ」と声をあげた。


中国との協調関係


「台湾は根本的に異なる問題で……」とサリバン氏が話し始めると、質問者に「朝鮮戦争は内戦だが米国は……」と再び遮られた。結局、サリバン氏は米国の軍事介入の基本論理についてきちんとした説明ができなかった。同盟国が米国との関係に不安を抱く一因となるのは間違いないだろう。


米国の威信低下に加えて日本にとって重大な変化が起きる可能性がある。16日の会見でバイデン氏はテロリスト勢力はガン細胞のように転移・拡大中だと次のように語った。


「ソマリアのアルシャバーブ、アラビア半島のアルカーイダ、シリアのアルヌスラ、シリアとイラクに領地を築きつつあるISIS、アフリカ大陸とアジアにも広くテロ勢力は拡張中だ」


これから間違いなくテロ勢力の集結地になると見られるアフガニスタンはパキスタンの隣国だ。パキスタンはアルカーイダを匿った。彼らの持つ160発の核の一部がテロリストの手に渡る日が来ることも考えなければならない。


中国はそのような状況にとりわけ強い警戒心を抱くだろう。イスラム原理主義のタリバンをはじめとするテロ勢力が、中国内のイスラム教徒、ウイグル人に働きかけることを断固阻止するだろう。


ここで私たちは20年前の苦い記憶に引き戻される。9.11のテロ攻撃に見舞われたブッシュ大統領は、それまで戦略的ライバルと位置づけていた中国への姿勢を一転させた。中国がイスラム教徒のウイグル人をテロリストだと言い、彼らの言うテロリスト情報をブッシュ氏に提供した。その結果、米国はいとも簡単に中国との協調関係に入った。


中東のテロリストは米中共通の敵であり脅威である。であれば、今また、20年前と同じく米中が対立含みの緊張関係から協調関係へと移る可能性がある。それは日本の苦難の始まりになり得る。日本はどんな環境でも生きていける強い国にならなければならない。その準備と覚悟が必要である。

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