闘うコラム大全集

  • 2022.04.07
  • 一般公開

ウ軍大奮闘は国防精神と準備の成果

『週刊新潮』 2022年4月7日号

日本ルネッサンス 第994回


本稿執筆中の3月29日、トルコでウクライナとロシアの4回目の交渉が行われる。予断は許さないがゼレンスキー大統領側もロシア側も停戦合意に達する可能性について言及している。


他方、米国のバイデン大統領は、3日前の26日、訪問先のポーランドの首都ワルシャワでプーチン露大統領によるウクライナ侵略戦争は「長い戦いになる」と語った。これまで米国がプーチンのウクライナ侵略に関して公開した機密情報のほとんどが当たっていたことを思えば、米国の見立てにも注目せざるを得ない。


今回、優れたインテリジェンス能力を示した米国でさえ、当初は首都キエフは5日で陥落すると見ていた。だが、ひと月以上が過ぎた今もウクライナは戦い続けており、政府、国民一体の戦い振りは国際社会を劇的に変える強烈な力となった。その力は如何にして生まれたのか。


第一の要因は、国民を鼓舞して止まないゼレンスキー氏の戦う気力であろう。氏が国家防衛のために戦い抜く姿勢を示し、男性は当然の如く戦場に向かった。女性は子供やお年寄りを守りながら国外脱出か、故郷にとどまるか、決断した。これもまた形を変えた戦いである。


ゼレンスキー氏は広く国際社会にも訴えた。この戦争はウクライナ一国のためではない、人類全体の戦いだと説いた。米国をはじめ、英独仏加、バルト三国、永世中立を国是としていたスイスやスウェーデンまで次々に、対露制裁やウクライナへの武器装備の送り込みを始めた。


しかし、バイデン氏は先述のポーランド演説で、米国は北大西洋条約機構(NATO)防衛戦は戦うが、ウクライナ戦争には参入しないと、従来の立場を繰り返した。ウクライナの戦いはこれまでと同じく、単独で続くのである。そこで再び考える。ロシア軍と較べて圧倒的に不利なウクライナ軍になぜそれができるのか、と。


レジスタンス勢力


一言で言えば、ウクライナ政府にも国民にも、不十分とはいえ祖国防衛の基盤ができていたのだ。元海上自衛隊海将補で日本宇宙安全保障研究所政策アドバイザーの齋藤克彦氏は、ウクライナ国民の意志にもっと注目すべきだと指摘する。そうした国民の想いを反映している国民防衛体制について齋藤氏は以下のように解説する。


ウクライナには以前から国民防衛組織が存在した。2014年にロシアがクリミア半島を奪い、東部2州に手をかけた時から、国民防衛組織の強化策が始まった。


21年になって軍事・安全保障の新戦略が定められ、ウクライナ国民は国防に最大限関与すると定められた。新戦略を実行するためにウクライナ議会は国民の圧倒的支持を得て、「国民抵抗の基礎」という法律を作った。同法によって、国民防衛組織は「領土防衛隊」に発展した。領土防衛隊を一言で言えばレジスタンス勢力のことだ。


「領土防衛隊」に関して強調されているのは、ウクライナ国民は有事に際して協力し、国家防衛を怠らないという点だ。国防の精神を強くし、準備せよという法律なのである。


具体的にはどうするのか。有事の際、ウクライナ軍が到着するまで、領土を守り、住民を保護し、敵を撃退し続けることが求められている。州境を突破されないようにし、通信網などのインフラや重要施設を守る。治安維持に協力し、偵察し、侵略者の妨害工作と情報作戦に対抗することも明記された。


領土防衛隊は、陸、海、空の三軍、空中機動部隊、特殊戦部隊と並ぶ正式な軍種のひとつとして位置づけられ、全体の規模は13万人と想定された。この法律が正式に発効したのは22年1月、つまりロシア軍の全面侵攻開始の約ひと月前だった。その意味でウクライナ側に領土防衛の「十分な準備」が整っていたとは言い難いと、齋藤氏は指摘する。


ウクライナの男性たちが続々と志願しているのは、この領土防衛隊だという。侵略戦争勃発前、ウクライナ政府は志願兵たちに猟銃を支給していたが、ロシア軍が国境に集結するなど不穏な空気の中で、支給する武器に戦闘用ライフルを加えた。これが今年1月27日だった。


日本では、ゼレンスキー氏が祖国防衛に立ち上がる全員に銃を支給すると発表したことに批判の声がある。その主旨は、正式の軍隊でもない民兵にライフル銃まで与えて戦争に参加させるのは如何なものか、捕まったとき、軍人なら当然の、捕虜としての地位と医療を受けられず、テロリストとして殺害されかねないというものだ。だが、領土防衛隊は正式なウクライナ軍の一部だ。捕まった場合には、国際法に基づく捕虜としての扱いを受ける権利を有している。


ユーラシア大陸を支配


齋藤氏の指摘から、クリミア半島を奪われて以降、ウクライナ政府と国民が国防について真面目に考え、地道に努力し、準備してきたからこそ、今の戦いが可能なのだと納得する。ここまで戦うことができなければ、ウクライナはロシアに併合され、国を喪っていたかもしれないのだ。未だに国防について真剣な議論もなし得ていない日本は、反省することが多いはずだ。


米国のコラムニスト、ジョージ・ウィル氏が別の観点から指摘したことも興味深い。ウクライナの東部2州を含むドンバス地方では、ロシアに支援された反ウクライナの反乱軍との戦いが8年間も続いており、その間にウクライナ側に90万人の退役軍人が生まれていたという点だ。この90万人は祖国防衛戦に従軍した兵たちだ。プーチン氏はこの90万人のベテラン退役軍人の存在を全く計算に入れていなかった、と思われる。


冒頭で触れたように29日には4回目の停戦交渉が始まる。中国の習近平国家主席はとりわけその行方に注目しているだろう。バイデン氏は24日、NATO本部で会見し、「習氏と6~7日前に電話で話した際、脅しこそしなかったが、ロシアを助けるとどうなるか分かっているかと、確認した」と語っている。


習氏は、バイデン氏の〝脅し〟にもかかわらず、中国の国益はロシアとの連帯にありとの考えを改めてはいない。ロシア擁護を正当化するために、悪いのは東方拡大を続けるNATOと、ウクライナに大型援助を行った米国だ、米国が戦争を始めさせたと主張する。そうした考え方をしっかり身につけて学生や生徒に教えよと、全国の教師を対象に浙江大学で集団勉強会まで開催した。


これから力を落とすばかりのロシアを中国にひきつけ、ユーラシア大陸を支配し、米国を凌ぐ強国となり、日本と台湾を狙い続けるのが習氏だ。日本はウクライナの事例から学び、必死で国防力を強化しなければ、本当に未来は暗いだろう。

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