闘うコラム大全集

  • 2022.05.12
  • 一般公開

「日本売り」が商社の仕事ではないぞ

『週刊新潮』 2022年5月5・12日合併号

日本ルネッサンス 第998回


プーチン露大統領のウクライナ侵略から2か月の4月24日、米国のブリンケン国務長官とオースティン国防長官がウクライナの首都、キーウを訪れた。


「キーウでは通りを行き交う人々の姿を見た。キーウの戦いに勝利した証拠だ。キーウの主権を奪うというロシアの目的は失敗した」と、ブリンケン氏は述べた。オースティン氏は「ウクライナは適切な軍事援助でロシアに勝てる」と踏み込んだ。米国は今週にも西部のリビウで大使館業務を再開し、軍事支援も追加する。


他方、プーチン氏はウクライナ東部2州とクリミア半島で、ロシア勝利を明確な形で示し、5月9日の戦勝記念日に間に合わせる考えだ。だが、ロシアの侵略はそこで終わらない。4月22日、ロシア軍のミネカエフ将軍が語っている。


「ドンバス地方と南部ウクライナの完全掌握でクリミアへの回廊が確保できる。それはトランスニストリアにつながる道だ」


トランスニストリアはウクライナに隣接する小国、モルドバの一地域だ。ロシアの目的は、ウクライナを押さえた上でモルドバも手に入れることなのだ。


ウクライナのゼレンスキー大統領はどんな事態になっても戦う意志を曲げないで今日に至る。ロシアによる核攻撃の危険性が語られたときも、氏は周辺各国に「核攻撃に備えるように」と警告したが、ウクライナがロシアの核に屈服するとは言わなかった。氏もウクライナ国民も命懸けで国を守る戦いに徹する点においては揺るがない。一人一人の人間の死を超えて、国家というものが存続すると認識しているのだ。


日本国と日本人はどうか。私たちは、近い将来中国によって国家の土台を揺るがされるときが来ると考えておくべきだろう。そのとき、中国の脅威はロシアのそれより遥かに恐ろしいものになる。


危険な事態が進行中


習近平国家主席と中国共産党はプーチン氏とその周辺の人々より遥かに賢い。いきなりデタラメな口実で乱暴な軍事攻撃を仕掛けるのではなく、搦(から)め手でやってくるだろう。日本人は騙されて、持てる力を吸い上げられ、気付いたときには打つ手もない状況に落とし込まれている。こんな技は中国の得意とするところだ。そしていま、信じ難くも危険な事態が進行中だ。国家基本問題研究所の企画委員で明星大学教授の細川昌彦氏が指摘する。


「中国はいま、重要な戦略産業を全て国内で賄おうと尋常ならざる努力をしています。戦略産業の基幹部材を供給する外国の中堅・中小企業を買収するファンドを立ち上げ、買収候補企業のリストを作成中です」


これまで中国は、合法非合法を問わず、あらゆる手段で世界の技術を手に入れ、経済成長を遂げてきた。日本を含む世界の企業は競って中国に投資し、合弁事業に乗り出した。中国に進出する際は最新の技術を持ってくるようにと強要され、中国での事業活動においては中国共産党の監視と指導を受け、結果として中国に最新技術を奪われてきた。


典型例のひとつが高性能磁石である。高性能磁石はレアメタルなしには作れず、中国は世界のレアメタルの85%を供給する。2010年、尖閣諸島の領有権を巡って日中関係が緊張すると、中国は日本へのレアアースの輸出を止めた。日本の産業界は追い詰められたが、そのとき中国側は、日本の製造業が中国で合弁事業体を作り中国で生産すれば、レアメタルも供給するし協力すると誘った。とりわけ狙ったのが高性能磁石の技術移転だった。


日本の高性能磁石は文字どおり世界の最高峰にあった。たとえばネオジム磁石は世界最高レベルの磁力を発し、自動車、IT、家電、産業機械、医療、環境、エネルギーの各分野で最終製品の小型・軽量化、高効率・省エネ化などに欠かせないとされていた。中国は垂涎の的のこの技術を手に入れようと、高性能磁石の大手3社、日立金属、信越化学、TDKに接近した。日本政府は3社の中国進出を止めようとしたが、結局、3社とも中国に合弁企業をつくった。そして日本の優れた技術は完全に中国に奪われてしまった。


日本政府は中国への技術移転を防ぎきれなかった。企業は事の重大性を認識できなかった。しかし、いま進行中の事象は当時よりさらに深刻だと、細川氏は言う。


「日本企業の対中投資を促すよりも、中国が日本企業群を丸々買い取ってしまおうとしているのです」


日本企業が最先端の技術を中国に移転することについては経済産業省が目を光らせている。高性能磁石の技術についても、経産省は移転を警戒して度々介入した。それでも中国は日本企業をまんまと合弁に誘い技術を奪いおおせたが、もっと簡単な方法を見つけたのだ。それが日本企業の買収だという。


国家意識が欠落している


中国の対日投資であれば、取引は経産省所管から財務省所管に移る。財務省による外為法の規制は十分とは到底いえず、中国から見れば穴がある。手続き上、日本側を騙せる余地が十分にあるうえ、長年のデフレと低い経済成長で日本は物が安い。不動産も企業価値も全てが安く手軽に買える。


そこで中国はいま、彼らが必要とする全産業にわたる重要技術のリストを作成しており、それらの技術を日本のどの企業が持っているかを調べている。


日本では、世界のいかなる企業にも負けない最高水準の技術や最先端の技術を有しているのは必ずしも大手企業ばかりではない。中堅企業や中小企業が優れた技術で日本の産業基盤を支えている。その中のどの社が、中国が必要とする技術を持っているのかを探し出し、その社に投資して丸々買い上げるのが中国の狙いだ。そして驚くことに、ここに日本の一部の大手商社が介在していると、細川氏が警告する。


それは誰でも知っている日本を代表する大手商社だという。それが自らの信用力を利用して、狙いをつけた企業に接近し、中国に買収させるというのだ。であれば、彼らは日本売りの先兵ではないか。最先端技術こそ日本国の国力の基盤である。それを日本のために守ろうとはせず、商売上の利益を優先するのか。国を売り尽くすのが彼らの商売か。完全に国家意識が欠落している。


ウクライナでは多くの人々が命懸けで国を守る戦いを続けている。日本国政府、大企業、そして日本人全員が、ウクライナから国を愛すること、国を守ることを学ぶべきだろう。そうしなければ、わが国はいとも容易に中国に奪われるだろう。財務省は急ぎ外為法の穴を埋め、経産省は経済安全保障の手立てを徹底せよ。大商社を筆頭に経済界は金儲けよりも国益を考えよ。国があって国民も生活が成り立つことを皆で意識しよう。

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